第13章 桜色に染まれば【煉獄杏寿郎】
胸にモヤついたものを抱えたまま、あっという間に夜になり杏寿郎さんと一緒に屋敷を出た。
「川辺の方へ行ってみるか?確か桜並木があって、この時期は提灯が出てきたはずだ!」
珍しく隊服ではなく着物をお召しになっていて、いつもと違う雰囲気に胸が高鳴る。
『はいっ!行きましょう!』
モヤついた感情は一先ず置いておいて…今日は久しぶりのお出かけなんだから楽しもう。
「…紗英、手を。」
柔らかく笑って手を差し出してくれる杏寿郎さん。
その意味が分かって、嬉しさと恥ずかしさが入り混じり少し赤面してしまう。
少し俯き、杏寿郎さんの手に恐る恐る自分の手を重ねれば力強く握り締めて手を引いてくれた。
「行こうか!」
私の歩幅に合わせ、ゆっくりと歩き夜道を進んだ。
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『凄い…綺麗!幻想的…。』
提灯の明かりに中に浮かぶ満開の桜。
思ったよりも人は少なくて、ゆっくりと見て歩けた。
「うむ!綺麗だ。やはり桜は良いものだな!」
『綺麗だね!ありがとう!連れてきてくれて!』
言葉遣いの事もすっかり忘れ、満開の桜に魅入られてしまっていた。
「…紗英と初めて会った時、君の事を桜の精と見間違えた。」
『え…?』
夜空に浮かぶ桜を見上げ、思い返すように目を細めている杏寿郎さん。
「子猫を追って桜の木に登り、降りられなくなっていたんだったな!」
『…あはは…っ、苦い思い出だわ…。』
すっかり忘れていた遠い記憶を掘り起こされ、恥ずかしくなり苦笑いしてしまった。
「満開の桜の木の上に居た紗英を見て、なんて可愛らしい桜の精かと思った。赤い着物に、桜の髪飾りを着けて…目にいっぱい涙を溜めて。」
木に登ったものの降りられず、怖くて半泣きになってただけなんだけれど…。
『もう…、忘れて下さいよ。』
恥ずかしくなり、ふいっと顔を逸らす。
「…忘れられるわけないだろ?…紗英に惚れた瞬間なんだからな。」
ふわっと風が吹き、桜が舞う。
聞き逃しそうな程、小さな声で話す杏寿郎さん。
「あの頃からずっと、紗英に惚れていたぞ。俺は。」