第2章 鱗滝さんの恋愛事情【鱗滝左近次】
ーーとにかく大将と紗英さんの部屋へと急いだ。
「大将っ!!!紗英さんっ!!!」
大将は首を掻き切られ、既に事切れている。
紗英さんはおびただしい返り血を浴び失神しているようだ。
「…もう、逃がさんっ!!」
「邪魔スルナァァァアア"ア"ア"!!!!」
水の呼吸、参ノ型 流流舞い!!
ゴトンッ…!!と音を立て床に落ちる鬼の頸。
「アタシノ男ダ…喰イソコネタ…忌々シイ…忌々シイ……」
恨み言を唱えながら灰と散りゆく鬼。
消えると分かってはいてもどうにも腹立たしさを収める事が出来ず、その頭を踏み潰した。
「……クソ野郎…っ!」
何度も、何度も鬼が完全に消え去るまで踏み潰した。
鼻をかすめる灰の臭いも消えかけた頃、ふと我に返り大将と紗英さんの元へ駆け寄った。
「…大将…」
掻き切られた頸の傷は骨をも抉る深さだった。開けられたままの瞳…最期にその眼に映したものはなんであったろうか。自分に迫りくる鬼か。紗英さんであっただろうか…ーー。そうであれば良いのに…と願わずにいられない。
目蓋を閉じさせ、布団へ横たえた。
『…あなた……、あなたっ!!!!』
気を失っていた紗英さんが意識を取り戻し、大将の亡骸へと駆け寄ってきた。
『…どう、して……なんで…嘘…、ねえ…目を開けて…あなた…』
大きな瞳から零れ落ちる涙。細い肩を震わせて亡骸へすがりついている。
「…申し訳ない。…あと数刻でも早く着いていれば…大将は死なずに済んだかもしれない…」
たられば話をしても意味がない事は自分が一番よくわかっている。けれども…何故かせずにはいられなかった。
『…さっきの…アレが…、アレがこのところの事件の…そうなの……?』
「ーー、そうです。鬼です。…俺はあいつを始末する為に此処へ来ました。」
濡れた瞳が、泣きはらした目元が朱に滲んでいる。
『…鬼…。父に、聞いた事があるわ…あなた、は……鬼狩り様、なのね?』
「はい。…そうです。」
『…ーーー。鬼は…、鱗滝さんが殺してくれたの…?』
「はい。」
紗英さんはずっと大将の顔を撫で続けている。
幼子を寝かしつける母のような、愛おしい者を慈しむように。