第12章 目印を探して【我妻善逸】
毎日…任務の合間を縫ってでも、病室を訪ねた。
しのぶさんは山を越えたって言うけど…相変わらず命の音は小さくて、俺の不安は拭えないままだった。
それに…ひと月経っても目を覚ます事はない。
「紗英ちゃん、今日もさ…鬼めちゃくちゃ怖くてさ…。いきなり食おうとしてくるんだよ?なんか涎ダラダラ流してるし…俺、怖かったよ。」
眠ったままの紗英ちゃんに語りかけるのがいつの間にか日課になっていた。
「……大丈夫って…、言ってくれよ。前みたいにさ。」
いつも、俺がギャイギャイ騒げば大丈夫、大丈夫と諫めてくれた優しい声を思い出す。…鈴を転がすような音…。
また、あの音を聞かせてよ。
返事のない語らい。…俺の声だけが、俺たち以外誰もいない病室に響く。
握る手は…やっぱり握り返される事はない。
「…善逸くん、今日もいらしてたんですね。」
真横にしのぶさんの顔が迫る。
「わああっ!!!すみませんっ!!近い!近いです!!」
「あらあら。…なかなか、目が覚めませんね。」
「…はい。…あの、このまま…目が覚めないってことも……?」
口にして…それ以上は本当になるのが怖くて紡ぐことが出来なかった。
「…あり得ますよ。…こればかりは、わかりませんけどね。」
優しく、微笑みながらしのぶさんは俺の言葉の先を紡いだ。
聞きたいけど、聞きたくなかった。
「……俺、酷いこと言ってしまって…。…目、覚めてくれなきゃ…謝る事も出来ない…。」
「…そうですね。…今日も明日も明後日も…確かに生きてる保証なんて誰にも有りません。…なんとなく当たり前に続いていく「明日」を私達は過信し過ぎているんですよ。」
しのぶさんの独特な音が…優しく…、諭すように響いてくる。
「…今日が最後かも知れないと思えば、酷い言葉は言えませんよね?…今日が最後だと思えば…伝えたい言葉を確かに伝えておかなきゃと、自分を動かしてくれる。……そうは思いませんか?」
「……そう、…ですね。」
「…目が覚めたら、何を1番に伝えたいか…考えるのも楽しみですね。」
しのぶさんはニコっと笑い、俺の肩をそっと叩いて病室から出て行った。