第11章 櫛を贈らせて【竈門炭治郎】
『…絢瀬の為に髪を伸ばしてた…って、誰かから聞いたの?』
「…はい。」
自分が恐ろしく情けない…けど、今は紗英さんから目を逸らすな。
軽く首を縦に振って肯定した。
『…そうね…』
思い出すかのように、目蓋が閉じられる。
『絢瀬が死んでしまって、…それが信じられなくて…いつか、もしかしたらヒョッコリ帰ってくるんじゃないかって思って、願掛けみたいに髪を伸ばし始めたわ。…絢瀬も髪が長かったからね。同じくらいまで伸ばそうとしてたの。』
穏やかな口調で、懐かしむように紗英さんの口から紡がれる絢瀬さんの思い出。…不思議と、冷静な気持ちで聞けた。
『…いつ頃からだったかなあ…、もう帰ってこないってわかってたけど…お墓参りもやめられなくて…髪も、なんだか切る気にもなれなくて。そのままにしてた。案外長い髪が自分でも好きだったし。』
「…じゃあ…、どうして…?」
『…うん、いや…本当恥ずかしいというか…炭治郎くんが思い詰めるような事じゃなかったんだけど…。』
恥ずかしそうに、ほのかに顔を赤らめる。
『……料理してたら、髪…焦がしちゃって…。…本当、お恥ずかしい限りなんだけど…。…切るしかなくなっちゃったのよね…。』
苦笑いして、俺を見つめ…小さく『ごめんね…』と呟いた。
「……焦がした……?」
『…はい。…寝ぼけてて…。』
焦がしたから…仕方なく……?
「ふ…っ、は!あはははは!!!」
腹が捩れる程、涙が出るほど笑い転げた。
おっちょこちょいな紗英さんが可愛らしくて…
自分の馬鹿な嫉妬も…
何もかも可笑しくて笑った。
『そ…そんなに、笑わないでよ…。』
顔を赤らめて、今にも恥ずかしさで泣いてしまいそうな顔をしている。
ああ…可愛いなあ。
「…ごめん、紗英さん」
ひとしりき笑い転げて、また紗英さんを抱き締めた。
『……帰って来ないかと思った…っ』
俺の服を掴む手が、声が…震えている。
「…紗英さんと、絢瀬さんの関係に…勝手に不安になって…拗ねて…馬鹿だよな、俺。…不安にさせて、ごめん…。」
俺の服を掴む手に力が込められる…。