第11章 櫛を贈らせて【竈門炭治郎】
なんとなく…帰り辛く、遠方での任務が重なったりして紗英さんの家にはもう、ふた月程帰っていない。
禰豆子は寂しいのか、時々帰りたそうに声を上げる事もあった。
なんでこんな…小さな事で躓いているんだろう。
本当に、善逸が言うように気分を変えたかっただけかも知れないじゃないか。
絢瀬さんの為に伸ばした髪を切った…。
それが、何を意味しているのか…俺にはわからない。
ただ、なんとなく…胸がざわつく。
あの日、似合う?と笑いながら聞いてきた紗英さんからは、少しだけ…ほんの少しだけ哀しい匂いがした。
ずっと前に…初めて絢瀬さんのお墓の前で会った時のような。…哀しい匂い。
「…帰らないんですか?」
急に背後に現れる、しのぶさん。
「!!!し、しのぶさん…!」
いつものようにニッコリと笑い、俺の隣に座った。
「紗英さんのところに、帰らなくて良いんですか?」
しのぶさんは笑ったまま…やっぱり少し怒っている匂いがする。
これは多分…「俺」に…だけど。
「…帰らないと、とは思ってます。」
ぎゅっ…と手を握りしめれば、僅かに手汗をかいていた。
「紗英さんが髪を切られた事…気になりますか?」
「はい…。」
「…聞いてみれば良いじゃないですか?自分であれやこれやと考える前に。…それとも、そこで絢瀬さんの名前が出てくるのが怖いですか?」
「……はい。」
絢瀬さんの事に一番拘っているのは…俺だ。…紗英さんじゃない。
知りたいのに、知りたくなくて…紗英さんが絢瀬さんの話を俺の前でしないのは、俺が…そう言う空気を纏ってるからなんじゃないか…?
それを勝手に嫉妬して…、違う方向に悩んで…、子どもが駄々を捏ねるみたいにヘソ曲げて家にも帰らなくて。
「…紗英さんが、何か言ってたんですか?」
恐る恐る、しのぶさんに聞いてみた。
「いいえ。紗英さんは何も。…一度だけ、元気でしょうか?と問われただけです。…元気ですよとお答えしたら、良かった…と笑ってらっしゃいました。」
紗英さんの、少し泣き出しそうな笑顔が浮かぶ。
「……しのぶさん、すみません。…今夜だけ、禰豆子をお願いします!」