第10章 飴を溶かす【伊黒小芭内】
小芭内から蜜璃に預けられた飴玉を手に取る事が出来ず…かと言って自分で飴玉を買いに行くのは憚られ、このところは飴を舐める事がなくなっていた。
時々口が寂しい気もしたけれど…それでも、あの飴は食べられない。
「上手いな、いつ聴いても。」
『…宇髄さん。不法侵入ですよ。』
夜分、自室で三味線を弾いていると、窓から自然に入ってきて私の隣へ腰掛ける。
『何か、御用ですか?』
「今度は布団の中で…って言ったからな。有言実行だ。」
『!…ッ…!!!』
「…どうした?…間合いがガラ空きだぞ…?」
楽器を取られ、簡単に押し倒されてしまう…。…何してるんだろう、私…情けない。
『…すみません…、絶不調なので出直してもらって良いですか?』
「そうみたいだな。…俺としては好都合な状況だが?」
『私は、とんでもなく不都合な状況です。』
「……このまま、一夜の妻になるか…?」
目が、逸らせない。…強い…肉食獣みたいに獲物を狙う瞳。
このまま…流されてしまえば、小芭内への思いも流れてゆくだろうか。
蜜璃と小芭内が…楽しそうに話す場面が頭を過ぎる。
『……なりませんよ。…する気なんてない癖に。』
そう言うと、ニヤッと笑い押さえつけていた手を離し、身体を起こしてくれた。
「なんだ。ころっと抱いてって言うかと思ったのによ。残念。」
ちっとも残念そうじゃない口調でケラケラと笑っている。
『…言って欲しかったんですか?』
なんだか、ちょっとだけ悔しくなってわざと聞いてみた。
「…別の『誰か』に重ねられるのは、ゴメンだね。」
そう言うと優しく笑って、頬を撫でられる。
「抱くのは、お前が嫁に来てからでも遅くないしな。」
『…そこは絶対ブレないんですね。』
「当たり前だろ。本気で言ってんだよ、俺は。」
……ーーー、今度はお前が誰を思ってても…止めてやらねえぞ。
抱き締められ…小さな声で耳打ちされる。
宇髄さんの腕の中は暖かくて…、少し…。ほんの少しだけ…泣いてしまいそうになった。