第10章 飴を溶かす【伊黒小芭内】
そろそろ飴が無くなりそうだ。
口の中でカラコロと音を立て転がしながら飴を舐める。
いつも飴が無くなりかける頃、見計ったかのように小芭内が「買い物にいくぞ」と急に誘ってくるけれど…今回はその気配がない。
まあそもそも…あの男の気紛れなのだから、誘われる事を期待している私がどうかしているのかも知れない。
残り少ないというのに…飴玉をガリっと噛み砕いてしまう。
私も小芭内も柱だ。それなりに忙しい。…出かけている暇なんて、ないのだ。
そんな風に自分に言い聞かせて、鬼の出現情報を文に書き始めた。
「紗英ちゃーーーん!お邪魔しまぁーす!」
縁側で文を書いていたら、蜜璃の声が門の方から聞こえてくる。
『はい。いらっしゃーーい。』
「いたいたー!見てー!伊黒さんがね、靴下くれたのー!可愛いのよー!」
キャッキャと喜びながら靴下を披露してくれる。
その顔はとても嬉しそうで全く裏表がない。心から喜んでいる顔だ。
『良かったじゃないですか。似合ってますよ。』
「ほんとー!?嬉しい!ありがとう、紗英ちゃん!あのね、紗英ちゃんにもあるのよー!…はい!これ、飴玉!伊黒さんが紗英ちゃんに、って!」
いつもの飴屋の…青い…瞳の色だと言ってくれた飴玉。
あの店に…蜜璃と行ったの?…それを…蜜璃に預けて…?
『…ありがとうございます。わざわざ届けて下さって。』
「ふふっ!伊黒さんたらね、紗英ちゃんの瞳と同じ色の飴玉選ぶのよー!素敵よねっ!」
屈託なくキャッキャと笑う蜜璃に引き替え…私は…
なんて、嫉妬深い…嫌な女なんだろう。
…せっかく蜜璃が届けてくれたのに。
掌の中にある飴玉は…あの日と同じものなのに…なんでこんなに色褪せて見えるのだろう。
今日の小芭内との出来事や、ここ最近の好きなものなどを楽しそうに教えてくれるのを黙って…出来るだけ笑い相槌を打ちながら聞いた。
飴を舐めては噛み砕き、舐めては噛み砕き…
あの日、小芭内から貰った飴玉は遂になくなってしまった。