第10章 飴を溶かす【伊黒小芭内】
小さく、小芭内が溜息をついた。
「全く…気を付けて帰れと言っただろう。そもそも何故あんなに易々と男に触れさせる?お前の貞操観念はどうなっているんだ。」
『…気を付けて帰れの中に宇髄さんが含まれるとは思ってもみなかったわ。』
「本当にお前は俺を苛つかせる事しかしないな。…何を言われた?」
『…嫁に来ないか?』
「違う。なにか耳打ちされていただろう。これ以上苛つかせるな。」
なんで、小芭内が苛つく必要があるんだか。
耳打ち…。一夜の妻でも…か。…こんな事、わざわざ小芭内に言う話じゃない。
『別に。大した事じゃないわ。』
口の中に残っていた飴玉を噛み砕きながら呟いた。
思いっきりジト目で見られているけれど…なんとなく目は合わせられなかった。
「……まあ、いい。今後とも適当にあしらう事だな。」
『そうします。』
一先ず、納得はしてないんだろうけれど話を終えてくれて良かった。別に悪い事してるわけじゃないのに…胸がザワッとしてしまう。
『…それにしても…どうしたんですか?わざわざ追いかけて来て下さったんでしょう?』
「お前が『気を付けて』帰れるとも思ってないしな。…渡し忘れた物がある。」
嫌味言ってるけど、なんだかんだ心配してくれているのよね…この人。
『なんですか?』
懐から大玉の飴が入った袋を出して、無言で手渡してきた。
『ありがとうございます。…へえ、淡い…透明に近い青色の飴ですね。…綺麗…。』
珍しい色をした飴玉を見て、思わず感嘆の言葉が漏れる。
「…お前の瞳の色に似ていた。」
思いがけない小芭内の言葉に息が詰まる。
小芭内の瞳に映る私は、…こんな綺麗な色を纏っているの?
ほら、きっと…こういうところ。
こういう事をさりげなくするから。
…好きになっちゃうんじゃない。
『…ありがとうございます。』
素直にお礼を言えば…少しばかり口角が上がった気がした。