第66章 愛情表現(跡部景吾)
『あらー、やっぱりここに居たわね』
ふと声がするほうを見遣れば、上司の姿。
『…すいません、抜け出して』
『いいのよ。たぶんこんな事だろうと思ってたわ。』
『…分かっていたんですか?』
『ええ。あなたみたいな子、幾度となく見てきたから。』
まるで私の気持ちを見透かしたようにそう言った上司。
『頼華さんには勝てないわよ、誰もね』
『…あの女性ですよね』
『えぇ。跡部社長の奥様よ。』
…やっぱり。学生結婚した、とは噂で耳にしたことがあった。でも、まさか。あの跡部先輩が、なんて思って気にもとめないでいた。
『社長は奥様しか見えていない。勿論、奥様もね。』
目の前で赤ん坊を撫でる先輩の姿に、私の学生時代からの恋は桜と共に散っていったと分かる。あの先輩の、あんな顔みたことなかったから。それを引き出しているのは彼女であるという現実が、私の心に突き刺さっていた。
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珍しく景吾くんが忘れ物をした。久しぶりの日本だからか、時差ボケなのか。私は今、彼の会社に降り立った。
「奥様、私が行きましょうか?」
「ミカエルさん、ありがとう。私が直接渡したいから。」
「畏まりました。それではお待ちしております。」
正面の自動ドアを抜ければ、だだっ広いエントランスホールが広がっていて。受付嬢が、丁寧に私にお辞儀をしている。
「すいません、社長はいらっしゃいますでしょうか?」
「奥様。跡部社長をお呼びしますので、暫くお待ち下さいませ。」
そう受付嬢が告げた瞬間だった。
「頼華!!」
2階に続く、エスカレーターの上には朝ぶりに見る彼の姿。
足早にエスカレーターを降りて、私の目前にやや早足で来ていた。
「頼華、どうした?何かあったか?」
「これ、忘れてるから持ってきたの」
そう言って景吾くんに渡したもの、それはお弁当だった。普段いるイギリスでも、景吾くんがお仕事の時は必ず私がお弁当を作っている。もっぱら、彼からのお願いなのだけれど私は喜んでそれを受け入れていた。
「俺としたことが…ありがとな」
「顔見れて良かった。ね、景斗も」
「あー!」
景斗は景吾くんの差し出した指を、ぎゅ、と握って見せた。