第66章 愛情表現(跡部景吾)
『今日からお世話になります!宜しくお願いします!』
桜の花びらが舞う4月。私は思い焦がれた会社に、就職した。
学生時代、煌びやかに私の目に映ったあの人の会社に。
営業部として配属されて数ヶ月。
目まぐるしく進む日々に、やや憔悴しきっていた、そんな時。
『跡部社長!来るならそう言ってくだされば事前にお迎えに上がりましたのに!』
営業部の課長の言葉に、目を向けていたパソコンから目を離し課長のいる方を見る。____あの人、だ。
跡部社長、そう呼ばれた彼はあの頃より幾分も背が高く髪型も変わっていて。顔つきは少し大人びていた。
「視察に行くと伝えたのは昨日だ。それに俺は俺が動きたいように動く。」
それはまるで理解しろと言わんばかりの態度で。ペコペコと媚びへつらう課長を尻目に、彼は営業部を見渡した。
「順調にやっているようで何よりだ。」
そう告げるとあっという間に消え去ってしまった。
私は今、彼に声をかけなければ一社員として終わってしまうと思い、打ち込んでいる途中の資料をあっという間に片付けて
『お手洗い行ってきます』
そう上司に告げて、彼の後を追うように営業部を飛び出した。
『…たぶん社内にまだ居るはずだよなぁ』
2階のバルコニーから見える1階のエントランスホールの入口には、未だに彼の車であろう外車が停まっている。
この広すぎる社内で見失ってしまったのだろうか。
ふと、彼の外車のすぐ側に1台の黒塗りのリムジンが停まった。
後部座席から出てきたのは、背の小さい女の人。胸元には赤ん坊を抱えている。
リムジンの運転手らしき人と会話をしたのち、彼女はエントランスホールに入ってきた。
「すいません、社長はいらっしゃいますでしょうか?」
確かに聞こえた”社長”という言葉。何故彼女が??
赤ん坊をつれた彼女を怪しむ素振りもなく、受付嬢はにこやかに対応していた。
「頼華!!」
聞こえた声に振り返れば、今まで探していたはずの彼の姿。
”頼華”、そう呼ばれた彼女は彼を見るやいなや、にこやかな笑顔を彼に向けていた。
そして彼は1階へ続くエスカレーターを早足であっという間に降りていったのだ。