第16章 露草の消ぬべき恋も【宇随天元】
温泉と宇随の嫁達のせいで火照った体を冷ましがてら山を降りて近くの商店街を歩く
さっきまで浸かっていた秘湯とは違い山の奥に行かなくても温泉が湧いているし 近くに縁結びに御利益がある神社もありなかなかに栄えている温泉街だった
ゆがいた里芋に甘辛い味噌を塗った田楽が店頭にある大きな火鉢で炙られていて焦げた味噌のいい匂いがしている
小さな女の子がその田楽を2本買い片手に1本づつ持っていた 我慢出来なかったようで3つ串に刺されていた里芋の1つに口を付けると思いの外熱かった様でビックリして両手を開いてしまい2本とも地面に落ちてしまった
唇の火傷と足下に落ちた砂まみれの田楽のせいで女の子はポロポロと泣き出す
「大丈夫か?」
冨岡は膝を付いて女の子と目線を合わせ懐にあった懐紙で落ちた田楽を包んだ
遠い昔…祭りの屋台の細工飴を買い姉さんに早く見せたくて走って転けた…
その時に砂まみれになった飴を泣きながら姉さんに見せたら
「もう1本買いに行きましょう」
と手を引かれた記憶が頭に浮かんだ
「田楽を1本もらおう」
店先にある長椅子に女の子を座らせて冨岡は田楽を買った
1本をふうふうと冷ましてやり
「慌てずに食べなさい」と言って渡した
流れていた涙を冨岡が着物の袖で拭いてやると女の子は里芋にかぷりと噛みつく
ちゃんと冷ました田楽は女の子の口を火傷させる事もなくもぐもぐと口を動かした
美味しかったのか地面に付かない足をブラブラさせて笑う
「美味いか?」
「うん!ここのは大好きなの!」
両耳の下から三編みした黒髪に紫がかった赤い目の女の子は元気に答えて冨岡に「お兄ちゃんありがとう」と言って笑った
「露花!」
同じくらいの背丈の男の子が露花(つゆか)と呼ばれた女の子の前に立つ
「一緒に食べるって言った癖に先に食べてるし!」
プリプリと怒る男の子は短髪で深い灰色の髪に群青色の目をしていた
そうか…そういえば2本買っていたな
「もう2本くれないか?」
「あのね落としちゃたの…泣いていたらお兄ちゃんが買ってくれて ふうふうしてくれたの」
おぼつかない説明だったがなんとなく男の子には伝わったらしく
「お兄さんありがとうございました 露花ちゃんとありがとう言ったのか?」