第15章 骨まで愛して 【妓夫太郎】
金糸の刺繍に洋物の生地を使った着物の美しさにしばらくは 着もせずに上機嫌で眺めている蕨姫に禿達はホッとした
人間の食べ物は鬼になり食べれなくなった ただ禿達に客からもらった菓子をやると喜ぶ チョコレートとキャラメルは特別はしゃいでいた
堕姫には甘い妓夫太郎 今はそれだけでは無い理由があるから美津の所への使いに行く事を引き受けた
「これを着物の礼に美津に渡してね!」
堕姫が禿に買いに行かせた舶来品のチョコレートを御礼の品として持たせた
ワガママな堕姫もお兄ちゃんの恋路を応援していた
ガス灯が吉原の表通りを明るく照らしている 妓夫太郎はきらびやかな表通りを避けて蜘蛛道と言われている吉原の細く入り組んだ裏道を歩き美津の長屋に着いた
長屋と言っても美津は仕立て屋だから色々と商売道具が多い 母親が残したお金でミシンも導入してからは女の独り暮らしにしては広い長屋に住んでいた
長屋の戸を叩く
「蕨姫の使いの妓夫太郎だ」
上弦の陸を名乗る鬼は 美津が自分の声に「はっ」と息を吸った音が聞こえた
しばらくして戸の鍵を開ける音がして美津が戸を開けて妓夫太郎の顔を見た
あぁ…やっぱりこの女は俺を見てもふわりと優しく笑い頬を染める
「約束通り…俺が来たぜ」
少し照れくさそうに視線を美津の目からそらす
そんな風にする妓夫太郎の事を美津は可愛く思った
「いらっしゃい太郎さん…嬉しいです」
美津の右頬にエクボができた そのエクボに妓夫太郎が触れると 美津の頬がほんのり桃色に染まる
まだ玄関に立ったままの2人…
「入っていいか?」の問いかけに 美津は頷き妓夫太郎は美津の肩を抱きながら中に入った
座布団を出すと妓夫太郎はそこに座る
春の彼岸が過ぎても夜はまだ寒く居間の火鉢に火が入っていた その上にある五徳に乗せた鉄瓶から湯気が上がっている
丸い座卓だから妓夫太郎の少し近くに美津は座りお茶を出した
鬼の妓夫太郎は人間の食べ物を受け付けないが
「ありがとう」と言って少し口をつけて飲むふりをした
「蕨姫花魁の用事って何でしょうか?」
美津は妓夫太郎が持ってきた風呂敷の中身がこの間渡した着物ではないかとドキドキしていた