第13章 思い出紡ぎ 【悲鳴嶼 行冥】
308号とプレートが貼ってあるドアの前に立つ
背後に誰か立った気配がして振り向くと愛しい人がいた
「私に用か?」
「えっ…と…」
大浴場に行っていたのだろう
お風呂上がりの彼は石鹸のいい匂いがしている
少し困惑した顔で私を見ていた
思えば行冥くんは私の顔の感触は知っているけど見た事はないのだと気付いた
私の顔にガッカリされたら…どうしよう
「君は…?」
とにかく何かを喋らないと変な人って思われてしまう
久しぶり?
覚えてる?
前世ってあると思います?
色々と言葉は浮かんできたけど口から出た言葉は
「大好きです…」
「悲鳴嶼のダンナどうした?」
大きな彼の後にはもう1人先生らしき人がいた…
25歳にもなって「大好き」と幼い子供がするような告白を行冥くん以外に聞かれたと思ったら恥ずかしくて顔をふせる
「悲鳴嶼のダンナに惚れるのは見る目は派手にあるぜ!でもな悲鳴嶼先生は諦めろ もういるから
ほら早く部屋に戻って地味に寝ろ!明日は1日山歩きだぞ歩けねぇとか地味に言ってもしらないからな」
そうか…行冥くんは今の時代で誰かに恋をしているんだ…
それを良かったと思わないといけないのだろう私だって過去に恋人は居たんだし…
でも彼を目の前にしての失恋は心臓を掴まれるような痛みで…涙がポロポロと溢れて止められなかった
ポン と彼の大きな手が私の頭に乗せられた 彼は屈んで目線を私にあわせる
「君は…まだ若い…」
ん?…生徒だと思われている?
「私…生徒じゃ無いです」
パッと顔を上げると頭の上にあった手が私の耳と頬に当たった
顔を上げた私を見てもう1人の先生が息を飲んだ
「お前…」
不死川くんが言ってたな…先輩に宇随くんが居るって 宇随くんと目が合い私は笑った
左頬に当たった手が震えている…と思ったら行冥くんは両手で私の顔をペタペタと触りだした
そして親指で私の唇をそっとなぞる
行冥くんに視線を戻すと彼の目から涙がこぼれていた
「弥雲…なんだな?」
涙が溢れて喉の真ん中辺りがキュッと締まり声がでない
私は頭を縦に何度も振って彼の首に腕を絡ませ抱き寄せ耳の裏を吸うと懐かしい行冥くんの匂いがした