第8章 願わくば花の下にて 【鬼舞辻無惨】
夜勤明けに仮眠をしてからの出発だったから、駐車場に着いた時はもう夕方で私以外の車は止まってなかった
駐車場から続く長い階段を上るとあの藤の木が…いた
「あぁ…やっと見つけた」
沈みかけた夕陽が仄かに薄むらさき色の花を照らし風に揺れる姿が懐かしく、他に誰も居ない事を確認して御木を抱き締めた
「あなたは私を覚えてる?」
そう話し掛けると「覚えているよ久しぶりだね」と言って風に揺れる花が私の頭をそっと撫でてる…気がする
あの頃と変わらない花の香りに包まれて幸せだった
「主様に会えるかな…」
優しく頭を撫でる藤の花と離れがたくて、樹に背をあずけて座りこみ花を見上げた
「100年たったんだよ…今は令和という年号になったし、私も働いて一人でお金を稼いで生きてる…看護師ってのになったの分かるかな?」
神主さんも帰り無人の神社だったけど、満月は一段と明るくて不思議と怖くなかった
月が明るい日は主様と二人で散歩をしていた日々を思い出す
「会いたい…」
そう口からポロリとこぼれた言葉に胸が苦しくなり涙が溢れた
目を閉じると花の香りに包まれて主様の姿が瞼の裏側に浮かぶ
支配していた鬼達や、鬼殺隊には見せた事のない優しい瞳で私を見る…
必死の形相ですがり付いていた最後の時ですら私を見る顔は優しかった
その綺麗な顔に触れたくて手を伸ばした
夜勤明けに仮眠だけで3時間も運転したから
あぁ…私は今夢を見ているんだ
頭が夢と現実の狭間からぼんやりと五感が戻ってく
始めは寒さに震え鼻先が冷たい事に気付いた
それなのに体は温かな何かに包まれていた
「こんな所で寝てるから体が冷たくなってるじゃないか…」
懐かしい香り声色…私はまだ夢を見ているのかな…
声のする方へと顔を上げると、満開の藤の花の中に愛しい人の顔があった
「あ…お久しぶりでございますね」
相変わらず綺麗な顔に見惚れる
藤の花と主様…なんとも美しい…
ん?藤の花…?
「いけません!藤の花に近づかれては!」
慌てて起き上がって覆いかぶさり藤の花から主様を守った
「大丈夫ですか?呼んでくだされば弥世から側に参りますのに」
必死になり抱きしめていると主様が私の腕の中で背中を揺らして笑っていた