第8章 願わくば花の下にて 【鬼舞辻無惨】
「私はもう鬼ではないよ…鬼の私は死んでしまっただろ?今は人間だよ藤の花はもう毒ではない」
目を丸くして、私を見る弥世の顔はあいかわらず可憐で美しい
「君の今の名前は…」
「鬼無瀬弥世です…主様…会いたかった」
そう言うと、私の胸に顔を預けて体を震わせて泣き出した
背中に手を回し抱きしめる
「弥世は今も弥世だったんだね…私は利人だ、東峰利人(ひがしみねりひと)だよ」
「リヒト…光ですね、東から上る光…」
1400年の間、東の空の光は月だけだった…
父親は夜明けに産まれた私に太陽と名付けたかったらしいが、母親から東峰太陽は余りにも単純だからと、二人の新婚旅行先のドイツ語の「光」と言う意味のリヒトにしたのだと何度目かの誕生日に教えてくれた
「だから私の名前のリヒトは太陽の光なんだよ…鬼の記憶が戻ってからはなんだかむず痒いんだけどね…1400年逃げていた光だから」
「素敵な名前です…利人様」
まだ少し潤んだ瞳が私を見つめ、弥世がそっと私に口付ける
薄く開いた唇を舌でなぞると、私を中へと受け入れ弥世も舌を絡ませて応えてくれる
次第に水音が大きくなり、弥世がたまらず二人分の唾液をコクりと飲み込んだ時に唇を離した
月明かりに浮かぶ弥世の顔は、あの頃と何も変わらず私を見つめている
藤の花の香りと弥世の唾液の甘さに私の理性が壊れていく、藤の花の下に弥世を押し倒し再び唇をかさねた
少し冷たく感じた唇は今はお互いの熱が上がり熱く、こぼれる吐息すら熱を帯びた音色へと変わる
熱くなり上着を脱ごうと体を起こした時に風が吹いた…その少し冷たい風で藤の花の房がポトリと弥世の体に落ちる
そのまま視線を弥世の体に落とすと、微かに震えていた
「すまない…怖がらせたな…」
弥世の体を起こし、背中についた土を払った
「…少し混乱してるんだ
私の鬼の記憶は感情は伴っていない、あんな記憶に感情まで思い出したら、今の私は生きてはいけないと思う…
でも弥世への思いだけは鮮烈にあるんだ…弥世だけは忘れられない」
「私のせいです、私が覚えていて とお願いしましたから…
それに…怖くないです、私からキスしちゃいましたし…嬉しかったんです」
そう言うと私の濡れた唇を弥世はそっと指で触れた