第8章 願わくば花の下にて 【鬼舞辻無惨】
6人目の弥世もまた、藤の花の下で見つけた…が、私は声をかけるのを止めた
私に縛られる事なく人として幸せに生きて欲しい
その姿を私は見守っていこう…そう思った
だが弥世は、藤の花が満開になる時期になると夜に現れ私を待ち続けている
その健気な姿に、駆け寄り抱きしめたい衝動を抑え何年も見守っていた…
弥世が花開くように可憐で美しく成長した年、新月の夜に満開の花の下で弥世が血だらけで倒れているのを私は見つけた
慌てて駆け寄り抱きしめるが弥世の体は冷たくなっていた
辱しめを受けたあげくに殺されていた
6人目の弥世は私が手放したせいで死んだ
この頃の私はまだ人間を尊重していた
弥世が生まれ変るたびに、私の心は癒され弥世を愛しく思う気持ちが他の人間にさえ優しくしようとまで思っていた
しかし…弥世は現れてはくれない
弥世と言う光を失い、漆黒の世界でもがき苦しみ私の憎悪は増していく
珠世という弥世によく似た可憐な女と出会うが私は満たされない、満たされるはずが無い…彼女は私を憎んでいる
どうしようもない思いを抱え、闇に溺れていた頃、化け物の様な男に出会い私は死をも覚悟するほどの痛手を負いしばらくは大人しくするしかなかった
気付くと600年たっていた…
弥世ともう一度だけでも会いたいと神仏に柄にもなくすがってみたが無駄だった
ならば私が完全な者になればいいのではないのか?
昼も夜も統べる死なない者になれば…
弥世に会いたいと言う純粋な思いは歪んでしまった
それでも毎年藤の花の咲く時期にはあの藤の木の元へと足が向かう
一年ぶりに訪れた藤の木は無惨な姿になっていた
聞けば今で言う台風の被害にあい、枝は折れ樹も傷つき命が消えかけていた
鬼となり毒による忌々しさはあるものの、枝を伸ばし花の房を長く下げたこの藤の木は見事なものだったが
今は数房の花が弱々しく下がっているだけだった
これでは…この藤の木に神力があったとしても弥世を呼ぶ事も叶うまい…
「主様…」
絶望の思いで藤の木に背を向けた先に、600年焦がれた弥世が立っていた
手には徳利を持っていて藤の花が刺さっていた
7人目の弥世に手を伸ばし抱きしめ幻では無いことを確かめた