第6章 初めての人【宇随 天元】
「冨岡の距離が近かった?キスするみたいに見えたんでしょ?昔からだもんね、心配が過ぎると顔を近づけて無言の圧力をかけるのよ」
冨岡の胸元を掴む手をポンポンと叩いて宇随を落ち着かせる
「大丈夫だ。もう立花にキスはしない」
「もう?」
離しかけた宇随の手に少し力が入る。その時予鈴がなり生徒達の足音が聞こえてきて
「すまん…勘違いした」
宇随はそう言って手を離し、冨岡は不思議そうな顔で宇随を見た後、海奈帆にもう一度「心配させるな」と言って準備室を出て行った。
「天元は行かなくていいの?」
「あぁ、俺は三時限目が最初だ」
金曜の宇随の様子がおかしい事は気付いた、でも今の冨岡に対する態度が海奈帆の知る宇随ではない。
「天元は誰か待ってるの?」
煉獄が言った「待つ身は辛い…」その言葉が海奈帆は引っ掛かっていた
宇随は黙ったまま保温バックを開けて、海奈帆に弁当箱とスプーンを差し出した
お腹空いてないんだけど…
そうは思ったが真剣な顔をした宇随には言えず、なんとなく弁当箱を受け取った
「雛鶴の特製のお粥だ」
「ひな…つる…」
準備室にある椅子に座り蓋を開ける
ふわりと出汁の香りがした。
とくん…とくん…と鼓動が早くなる
[知っている]何故かそう思った
口に入れると懐かく幸せで…悲しい味がした
胸が苦しくて中々飲み込めない…そうだ、以前も嬉しくて幸せだったのにどうしても飲み込めなかった…
いつ…だった?1人だった?見守られていなかった?ひなつる…雛…鶴?
混乱している海奈帆の前に湯呑が置かれた
宇随も自分の湯呑に同じ煎じ薬を入れ飲んだ。それを海奈帆は混乱する頭のまま一口飲んだ
[これも知っている]
湯呑を見つめたまま薄く口を開けていた海奈帆の口に宇随は金平糖を1つ押し込んだ
「口直しだ」
懐かしい甘さが口に広がり、気付いたら海奈帆は泣いていた
海奈帆の涙を宇随は親指で拭った
「雛鶴、まきを、須磨の3人を約束通りちゃんと人生をかけて愛し抜いたぞ…
そして…17歳の時に見つけたんだ…美名保」
宇随の顔が近づき唇が重なった。海奈帆は驚きもしたが懐かしい感触に目を閉じた