第6章 初めての人【宇随 天元】
「冨岡のバカー!」
わーんと海奈帆は小さな子供みたいに泣き出した。冨岡はオロオロして「ごめん…」と謝り海奈帆が泣き止むまで頭を撫でた。
「冨岡はね、私がファーストキスを奪われて泣いたと思って上書きしたつもりだったのよ」
くっくっくっ…隣で煉獄は笑い、笑いすぎて青信号になっても発車しなかったからクラクションを鳴らされた。
「今でこそ笑えるけど14歳の私はショックだったんだからね」
ぷうっ、と頬を膨らませ口をへの字に曲げていた海奈帆も、煉獄の笑い声につられて一緒に笑った。
「その時に冨岡から秘密を教えてもらったの」
女に興味が無い冨岡も成長期を迎えて女の子のような容姿から美男子へと変化して、無口でミステリアスな雰囲気と、休み時間には男友達と下らない話で笑う姿に女子人気は絶大だった。
告白されても「(女に)興味ない」
イベントがあるたびにプレゼントを貰っても、欲しい物でもないので「いらない」と言って断っていた。それを「冷たい」だの「優しくない」だの言われ落ち込んでいた。
ある日道場で海奈帆に一本を不甲斐ない形で取られ稽古が終わった後、海奈帆に話があるから部屋に来いと言われ行くと
「私が彼女のふりをしてあげる。私が彼女なら大抵の女子は諦めるんじゃない?」
冨岡は海奈帆の口ぶりに、なんて自信のある奴だと思ったし声にも出して言ったが
「じゃあ聞くけど私より綺麗な女子って何人いる?それに冨岡より格好いい男子もいないから、ちょうどいいじゃない美男美女で釣り合いとれるでしょ?」
どちらかに好きな人が出来たら解消する。という約束で翌日から手を繋ぎ登下校する事になり、それが最終的には高校を卒業するまで続いてしまった。
「今の冨岡は幸せそうで凄く嬉しいんだ…」
2人が恋人のふりをしているのは、告白だのを断るのが面倒だからとは聞いていたが、今日初めて海奈帆の14歳の出来事を聞いた煉獄は、海奈帆の痛々しい姿に心が傷んだ。
「そんな過去があったらのなら、今日は辛かったな…」
公園で理不尽に2回も襲われた事を煉獄は心配した
「14歳の時お陰で私は格闘技を始めたし、今回はそれが役にたったから大丈夫だよ。私はそんなに弱くない」
ただ海奈帆は宇随の悲しい顔と震える腕が心に引っ掛かった。