第4章 欠けた月に浮かぶ蜜影 / ◆
「こ、これは…な、うん……」
急いで取り繕っても遅い。
それでも、俺は一回美依から手を離し、その乱れた袴を直し始める。
すると、美依は俺の手にそっと触れ……
首を横に、静かに降った。
「いいよ、直さなくて。何してたか知ってるし…」
「……っ、お前こそなんでここに居るんだ?信長様のお相手は、どうしたんだよ」
「…っ出来るわけないよ、夜伽なんて!」
美依は悲痛に叫び。
そのまま、手を伸ばして俺の頬に触れた。
そして、顔を近づけ……
「……っ!」
ふわりと。
掠めるだけの口づけを、俺に落とした。
(美依…なん、で……)
柔い温もりが移る。
いきなりの行動に思考がついていかない。
ポカンと間抜けに目を見開いた俺に、美依は相変わらず兎みたいな瞳で俺を睨んで。
そして紡がれた言葉は、一瞬耳を疑う、そんな羅列。
それでも───………
美依の赤裸々な想いだった。
「私は秀吉さんが好きだから…秀吉さん以外には抱かれたくない。いくら秀吉さんが私を他の人の所へ送り出しても…私は、秀吉さんがいいの。秀吉さんじゃなきゃ、だめなのっ……!」
(────…………!!)
瞬間。
心の中を、強い風が薙いだ気がした。
俺の『建前』とか『偽善』の心を、
全て剥いでしまうような……
そんな、清く純な風が。
『迷う事なんて、ないだろ?』
『……っ』
あの時、何か言いかけて、口ごもった美依。
その想いを、堪えたのか?
俺が送り出したから……
自分の気持ちを押し殺したのか?
美依は、
俺を、
俺を、想っていてくれたのか──……?
「秀吉さんが行ってこいと言うから、ああ…秀吉さんはそうなんだって。一回は諦めようとしたけど…無理だった」
「美依……」
「信長様はきちんと解ってくれたよ。ちょっと色々あって部屋に戻ってくるの遅くなったけど…でも、秀吉さんは?」
「……っ」
「秀吉さんは、どうなの……?」
美依の頬に手を当てたまま問う。
俺の気持ちを、本音を。
視線は逸らさぬまま…真っ直ぐに見つめて。