第4章 欠けた月に浮かぶ蜜影 / ◆
「────行ってこい、美依」
その声は、掠れていた。
歯を食いしばり、それでも絞り出した言葉。
すると、美依は俺の方に振り向き……
ワナワナと唇を震わせて見つめてきた。
「信長様にそう仰ってもらえるなんて、光栄だぞ」
「……っ秀吉、さん」
「迷う事なんて、ないだろ?」
「……っ」
精一杯の作り笑顔を作り、美依の頭をぽんと撫でる。
すると、美依は俺に何か言いたげだったが、それを堪えるように、ぐっと唇を噛み……
再度信長様の方に向き直って、首を小さく縦に振った。
(……それでいい、それでいいんだ)
そのまま、信長様と美依は二人肩を寄せ合い、部屋を出ていった。
俺はそれを見送り……
姿が見えなくなったら、その場にガックリ膝をついた。
美依が信長様の褥を温める。
それはつまり……
信長様に抱かれる、と言う意味だ。
美依が他の男に抱かれるなんて。
想像しただけで、切れるように辛い。
それでも、信長様は俺の尊敬する御方だから。
絶対的な存在、あの方の為に俺は在る。
────だから…潔く身を引け、俺
元々、信長様の気に入りなんだから。
それを勝手に好きになっただけだ。
でも……
「なんでこんなに辛いんだよ……っ」
思わず呟いて美依の部屋を見渡せば、部屋の隅に美依が脱いだと思われる着物が置いてあるのに気がついた。
多分、先程翡翠色の着物に着替えるのに、脱いで畳んで置いたのだろう。
俺は反射的に部屋の隅に移動し、その着物を手に取る。
いつも美依が着ている桃色の着物。
それはまだ、ほのかに温かいような気がして…
思わずぎゅっと抱き締めたら、着物からふわり…と美依の甘い匂いが漂った。
(………っ)
その匂いに、心の敏感な部分が締め付けられる。
美依の匂い。
好きな女のいい匂い。
それを直接感じる事が出来るのは、信長様だけだ。
俺のものにはならないから。
もっと、もっと感じていたいのに。
俺だって───………
アイツをこの腕に抱きたいのに