第4章 欠けた月に浮かぶ蜜影 / ◆
「美依……」
「────邪魔をする」
その時だった。
威厳のある声と共に、部屋の襖が開かれ……
そこから、尊敬する俺の主君が姿を表した。
俺は美依から手を離し、条件反射のようにそこに膝をつく。
すると、美依も俺の横に急いで座り、畳に手を付いて頭を下げた。
「信長様」
「秀吉、貴様来ていたのか。双方かしこまる必要はない、俺はただ美依の返事を聞きに来ただけだ」
「美依の返事……?」
「そうだ」
その言葉に、美依が頭を上げる。
信長様は美依の顎に手を当て、鮮やかな笑みを浮かべてみせた。
そして、艶やかな声で問う。
美依に向かって……
俺が愕然とする問いを。
「今宵俺の褥を温めに来いと申したはずだ。
夜伽を命ずると…貴様の返事は?」
(えっ……)
その言葉に、思わず目を見張る。
夜伽って…美依に閨の相手をしろと?
信長様と美依は恋仲ではない。
だが、美依が信長様の気に入りなのは、百も承知で。
そして、信長様の命ならば……
断るなんて出来はしないし、歯向かうことは許されないのだろう。
信長様の表情をみても、その真意は読み取れない。
ただの戯れで一夜の伽を命じたのか。
それとも…美依に本気で?
────美依、お前どう返事するんだ?
「信長様、私はっ……」
ほのかに頬を染め、信長様を見つめる美依。
それは、どこか期待しているようにも、拒んでいるようにも、どちらにも見えた。
(嫌だって…言えよ、美依)
主君の命令に背く事を自然に考えた自分に、自分自身に驚く。
駄目だろう、そんな事は。
信長様の床を任されるなんて、女にしてみれば光栄な話だし。
なんと言っても……
信長様は言った事は決して覆さない。
必ずその通りに動く御方だから。
だから、これはもう決定事項だ。
送り出してやれ。
男らしく、主君に従え。
今までだって、そう生きてきたんだから。
何を迷う事がある?
この身は、信長様のためにある。
そのためだけに存在する。
心が痛いなんて、
言っては駄目だ──……