第2章 世界で一番お姫様 / ◆
その後、呉服屋を出た俺達は。
城下外れにある小さな小川の傍を、手を繋いで散歩した。
いつしか夕方になり。
夕日が水面に映って橙に染まって……
そして光を反射し、水面がきらきらと光っている。
美依は押し黙ったまま、俺の半歩後ろを大人しく歩いていて。
(また、不機嫌になっちまったかな)
俺はそれを少し心配しながらも……
こうして久しぶりに二人で居られる事が嬉しくて、若干浮ついた気持ちのまま、美依に話しかけた。
「美依、一日お姫様券はもう使わないのか?」
「……」
「なんだって叶えてやる、お前の望みなら」
「……秀吉さん」
「ん?どうし……」
『どうした?』と言いかけ、立ち止まって振り返った刹那。
背中にやんわりと温かいものが触れたので、思わず息が詰まった。
見れば、美依が背中に抱きついていて…
俺の腹あたりに腕を巻き付かせながら、ぎゅっと力を込めて引き寄せていた。
「美依……?」
「秀吉さんは、ずるいよ…っ」
「え……?」
「私はただ甘味が食べたいとか、欲しい物を買ってと言っただけなのに、食べさせてくれたり、もう欲しい物が解ってたり……」
「……」
「そーゆーの、ずるいよっ…もっと、秀吉さんを困らせてやろうと思ったのに」
(……っ)
そう言いながら見上げてくる美依は、頬を染めて、潤んだ瞳をしていて…
なんだか、やたらと煽情的に見える。
そこにはとんでもなく愛らしく、いい女が居て。
どくどくと高鳴り始める鼓動が、やたら大きく耳に響くのが解った。
「お前こそ…当たり前の願いばかりでいいのか?」
俺は腹に回っている美依の手を掴むと、その指先にちゅっ…と口づけを落とす。
ピクンっと肌が震えて…
背中の後ろから儚い吐息が漏れたのが聞こえた。
「甘味が食べたいとか、欲しい物を買ってとか…そんなのは券を使わなくたって叶えてやれる事だろ?」
「……っ」
「お前は普段俺にねだったりしないから…もっとわがままになっていいんだぞ」
そして、美依の方に身体ごと振り返る。
真正面で向き合えば…
辻が花の着物でより可愛くなった美依が、俺の胸元にしがみついてか細い声を上げた。