第14章 拾肆ノ型. 遊郭潜入
「ここでお前が追っても殺されるだけだよ。相手は多分上弦。攫う手際が良すぎるし、危機察知能力が強者のそれだ。今は引く、いい?天元との情報交換までお前は大人しくするんだ。」
提案、というには一方的過ぎる言葉。
はなから拒否する選択肢がない。
例えここで伊之助が異論を申し立てたとしても、蛍清は刹那に咎められないギリギリの境界で彼を痛めつけ肯定の言葉を吐かせるだろう。
知らぬ間に首元へ突きつけられていた蛍清の双剣が、伊之助の呼吸に合わせてギラりと光る。
早く、早く何か言わねば。
この鬼神の気分がまた変わる前に。
焦る心情に急かされ喉元からひねり出されたのは、ほぼほぼ吐息と同化してしまった呻き声のようなものだった。
「わ、わかった...」
にかりと笑って伊之助の頭を撫でる蛍清。
「いいね!物分りのいい奴は嫌いじゃないよ!」
やっと自身から離れた2つの刃先は装飾された青い鞘へと戻り、それを見届けてからやっと深く酸素を吸い込んだ。
数時間ぶりに息が出来たような感覚、咳き込む伊之助に大丈夫〜?なんて呑気に問いかける蛍清。
先程まで覗いていた確かな殺気はなりを潜め再び伊之助の影へと潜る。
[俺萎えちゃったから少し寝るね。明日まで起こさないで。]
そう言いつつ本当に眠り始める蛍清に、やっと伊之助は完全に緊張を解いた。
どぱりと垂れる冷や汗を拭いながら、自分に蛍清をつけた朱嘉を恨む。
この日は蛍清の読み通り、一般人は誰も攫われなかった。
1人、例外を除いて。