第14章 拾肆ノ型. 遊郭潜入
しかし突如として、永遠と愚痴をこぼしていた口がピタリと止まった。
[猪頭、その部屋。居るよ。]
言葉と一緒にピリリと伊之助の体に緊張が走る。
それは部屋の中から感じる空気に対してではなく、己の影から滲み出た蛍清の闘気に対して。
[ねえ、俺を呼んで...早く!ほら!]
「っ...蛍清!!」
蛍清の強引さに負けた伊之助が名を呼べば、待ってましたとばかりに影から蛍清が飛出た。
深海を思わせる短髪と、この時代珍しい中華服を身にまとった蛍清は大きく伸びをして楽しそうに笑う。
紫苑には劣るが充分長身だと言うのに、準備体操とばかりにその場で跳ね宙返りするあたりとんでもなく身軽だ。
鬼の気配を感じ爛々と光る金色の瞳。
あまりの軽薄な雰囲気に、伊之助が何かを言うよりも早くその姿は部屋の前へと移動している。
耳をすませば微かに聞こえる若い女の苦しげな吐息と、帯が擦れる音。
鬼神は人よりも鬼の気配を正確に感じる事が出来る。
故に、蛍清が居ると言えばそこには確かに鬼がいるのだ。
が、
(変だな、中にいる奴は本体じゃない、分裂してるって事?めんどくさぁ...)
気分屋の蛍清は中にいるのが鬼本体では無いと感じた瞬間やる気を無くす。
戦闘狂の蛍清にとって、鬼狩りとは手っ取り早く暇を潰せる手段だ。
より強く、より沢山の鬼と戦う事が彼の楽しみであるから
本体が居ないという事は即ちお預けを意味する。