第13章 拾参ノ型. 杏の心痛
『貴方が私を愛してくれたように、私にも愛する人がいるの。きっと私はもう、彼以外を愛する事ができないから、だからごめんなさいね。』
淡々と、当たり前のように紡がれた刹那の言葉がじわりと心に染み込む。
自分の感じていた小さな不安など、全て杞憂だったのだ。
もし刹那があの青年の方が良いと思ってしまったら?
青年の告白を見守る間ずっと心を蝕んでいたそれ。
誠実そうな青年だ。
自分のようにいつ死ぬか分からぬ身の上でもない、きっと刹那を幸せにしてくれる。
好いた人には幸せになって欲しい。
そう思ってはいるのに、やはり刹那を幸せにするのは自分であって欲しくて。
酷い話だ。
刹那は煉獄の事しか見ていないのに。
(俺は愚か者だな...)
刹那の返事を聞いて、少しでも刹那の自身へ対する愛を軽んじてしまった事を悔いる。
申し訳なさと込み上げてきた刹那への愛しさに、自然と体が動いた。
「刹那!」
隠れていた柱から出て大きな声で呼べば、気づいた刹那がふっと笑って煉獄へ歩み寄ってくる。
『杏寿郎、炭治郎達はもう帰ってしまったの?』
「先程帰った!明日は君とも手合わせしたいと言っていたぞ!!」
『ふふふ、本当に元気だこと。』
「君を慕っているんだ、竈門少年達は見る目がある!!」
たわい無い会話をする刹那達を見つめる青年。
互いを見つめる熱い瞳と繋がれた手に刹那の想い人が誰か青年は嫌でも察してしまう。
突きつけられる現実は辛いものだ。
自分の入る隙など何処にもない、そう言われているようで。
込み上げる涙をどうにか我慢して、刹那と煉獄にお辞儀を一つして言葉を残す。
「伝えられてよかった、どうかお幸せに。」
青年に出来る精一杯の強がりと祝福を。
優しい声だった。
辛いのは自分だろうに、無理矢理笑顔を作る青年を見て煉獄は繋ぐ手の力を強くする。
刹那は門へ向かい小さくなっていく青年の背中をずっと見つめていた。
『どうか彼が次に愛する人が、彼を愛する人でありますように。』
そう祈るように小さく呟きながら。