第11章 拾壱ノ型. 無限列車
「な、なんでそれを...」
その問いには答えず男は憐れむような目をむけたまま、錐を持つ女の手にそっと触れた。
動作に反して、その力は強く、
波打つ黒髪から覗いた赤い目は、女を捕らえて離さない。
「これ、収めてくれ。俺の娘の...刹那の大事な男なんだ。」
そう、
男の名は逢魔。
あの夜死んだと思われていた露柱の夫にして、鬼神の長。
そして刹那の父親だ。
鬼舞辻により瀕死の怪我をおったまま消息不明になっているはずの逢魔が、何故煉獄の夢の中に居るのかは分からないが、確かに彼はここにいる。
逢魔の力に女は尚も動けず刃物を構えたまま震え続ける。
「そんな怯えなくても、取って食やしねえよ。」
呆れたような顔で手を離した逢魔。
解放された右手を擦りながら、女はキッと逢魔を睨む。
ここまで来て諦める訳には行かない。
目の前の核さえ壊せばもう一度幸せな夢を見せてもらえる。
「邪魔しないでよおおおお!!」
夢の魅力に囚われた哀れな女は再び錐を振り上げ逢魔の横をすり抜けた。
が、
「ああ、全く...人間ってのはとことん浅はかな生き物だな。大人しくしねえと、気付かれちまうぞ...」
逢魔が言ったのと女が突如もがき苦しみ始めたのはほぼ同時だったろう。
「ほらな、若い獅子は獰猛なんだ...」
煉獄が自身の異変に気づき、現実世界で女の首を絞めたのだ。
一瞬宙に浮いた女は激しく床に叩きつけられ、のたうち回る。
「あっ!が、はっ...」
辛うじて漏れでる苦しげな呼吸音。
冷めた目でその光景を見ながら、逢魔はその場から立ち去る。
心配していたよりも、煉獄の危機察知能力が凄まじい事に安堵したのだ。
「はっ、俺の娘の目に狂いはねえ。こいつは更に強くなるぞ。」
にやりと笑いそれだけ言い残して影に溶ける逢魔の姿。
時間にして数分にも満たないその瞬間。
逢魔の存在に気付いた者は居ない。
それはまだ彼自身が完璧に復活した訳ではないという事。
それでも確実に、彼が眠りから覚める時に近づいている証でもあった。
一体それが何時なのか。
今彼が何処にいるのか。
まだ明確に知る事は出来ないが、歯車は回り始めた。
それだけははっきりと断言出来る。