第10章 拾ノ型. 炭治郎と禰豆子
「私これから任務なので、先に戻りますね。
刹那さんも湯冷めしないよう早く戻ってください。」
おどおどと落ち着かない炭治郎を横目に、胡蝶は一足先にその場を立ち去る。
胡蝶に手を振り炭治郎に向き治れば泳ぎまくる大きな瞳と一瞬だけ目が合った。
そんな炭治郎を見て刹那の悪戯心に火がついたのは言うまでもない。
そらされ続ける視線を無理やり合わせようと、炭治郎の顔を覗き込む刹那。
『僕、そんなに怖がらないでこちらを向いてくださいまし。』
小さな子供に語りかけるような口調に、炭治郎はさらに顔を赤くして、
「竈門...炭治郎です....」
小さく呟いた。
炭治郎の反応に、ニコリと笑ったかと思えば
刹那は流れるように炭治郎の耳飾りを触る。
一瞬ビクリと跳ねた炭治郎の肩を気にもせず、その長い指でカラカラと耳飾りを弄ぶ。
見間違えようもない特徴的な花札を模した耳飾り。
その耳飾りが元は誰の物なのか、この場では刹那だけが知っていた。
「炭治郎は、これをどこで手に入れたの?」
優しさと寂しさが入り交じったような匂いを感じて、炭治郎はまた口篭るが
怯むことなく刹那は真っ直ぐな視線を向ける。
この視線に逆らえる者などこの世にいるのだろうか。
責めるような視線ではないのに、不思議と口が動いてしまうような目。
かつて伊黒がそうであったように、炭治郎もまた例外では無く
「これは父の形見なんです。昔からずっと俺の家で受け継がれていた物で...」
気づいた時には口から言葉が零れ落ちる。
形見と聞いた途端、刹那は少しだけ悲しそうな顔をした。
おそらく、自身も父を亡くした身であるから炭治郎の気持ちを分かってしまうのだろう。
その表情のまま耳飾りを撫でていた手は炭治郎の頭へと移る。
頭を撫でられたまま、炭治郎は堰を切ったように自分と妹の話をした。
幸せが壊れたあの日の話を。