第9章 さよならの定義
昼間の暑さが徐々に、薄く透き通る夏独特の空に吸い込まれてゆく時刻だった。
夏油と会った後、硝子と共に高専に戻ってきたなまえは、部屋には戻らず、ひとり屋上でオレンジ色に染まる雲を見つめていた。
肌を撫でる生温かい風にあたりながら物思いに耽っていれば、ふと、聞き慣れた声がした。
「ーーー傑に会ったろ?」
振り向かずともわかる五条の声に、なまえはそのまま空を仰ぎながら頷いた。
『うん、会ったよ』
簡潔にそう答えれば、五条はすぐ隣までやってくると、続けた。
「…なんか言われた?」
『悟と硝子が言われたようなことと同じようなこと』
「はぐらかすなよ」
隣にいる五条に視線を向ければ、彼は珍しく息を切らしていて。そういえば、いつかもこんなようなことがあったなあなんて思い出しながら、なまえは続けた。
『また私のこと探してたの?』
「…悪いかよ」
『ううん。私も悟のこと待ってたから』
なまえの言葉に、五条は少し驚いたように目を見開いてから続けた。
「慰めてくれよーとしてたの?」
『さて、どうでしょう』
一寸の間を置いてから、五条はぽつりと言った。
「なまえはさ、いなくなんないよね?」
『……それ、言うと思った』
珍しく不安げに揺れている五条の青い瞳を、なまえは真っ直ぐ見つめながら答える。
『いなくなんないよ。悟が寂しんぼなの知ってるもん』
なまえがそういえば、五条の青い瞳は白く長いまつ毛に伏せられて。そのまま屋上のフェンスに腰掛けると、しばらくの沈黙を経てから口を開いた。
「……ねえ、なまえ。俺強いよね?」
『うん。むかつくくらい強いよ』
「……でもさ、俺だけ強くても駄目らしーよ」
ーーー五条悟と夏油傑。
二人は二人で最強だった。
けれど、いつしか五条は一人で最強に成った。
隣で肩を並べて戦える人は、もういない。
いつも並んでいた2つの背中を思い出していれば、なまえは思いついたように言った。
『…私さ、いいこと考えた』