第1章 もしも運命があるのなら
「さて、生意気なおチビさんのお手並み拝見といこうか」
五条が小さくそう呟いた瞬間、なまえは床に転がっている花瓶の破片を手に持つと、それをひょい、とぶん投げた。彼女の呪力によって強化された花瓶の破片は、勢いよく呪霊を貫いた。
バチ、と弾けたような音がして、呪霊の身体が大きく抉れる。
【どぉごおおぉおおおぉぉ】
暴走し始める呪霊を前に、なまえは怯む事なくタン、と宙に跳ぶと軽やかな身体をしならせ、そしてひと蹴り。速い。その華奢な体躯からは想像もつかぬほどの圧倒的な呪力。病室を覆う程の大きさだった呪霊は、そのひと蹴りで瞬く間に弾けて消し飛んだ。まるで、重力に押し潰されたみたいに。
そんななか、ヒュウ、と口笛が響く。
「へえ、いいモン持ってんじゃん。さすが呪術連のお眼鏡に敵っただけの事はある。まぁでも、まだ使いこなせてる感じじゃないね」
『…うるさい。見てただけの役立たず』
「俺にそんな大口叩けるのオマエくらいだよ」
『王様気取ってんじゃねぇよ。五条家だとか御三家だとか、そんなくだらねー事はどうでもいいんだよ、むしろ糞食らえ。言っておくが私はオマエが"五条悟"だからって、贔屓目に見るつもりもへこへこ従うつもりも一切ない。私からすればな、オマエはただの同じクラスのクソ野郎だ』
なまえの言葉に、五条は一瞬きょとんとした表情をしてから、ぷっと吹き出した。
「…くく、どこまでも可愛げのない奴」
そんな会話を交わしていれば、小さな泣き声が聞こえてきた。耳を澄ませば、病室の奥にあるベッドの下で小さな女の子がうずくまりながら震えている。おそらく失踪した患者の一人だろう。
ベッドの下を覗き込みながら、なまえは優しく声を掛けた。
『もう大丈夫だよ。出ておいで』
「ひっく…ヤダ…コワイ…っ痛い、よぉ…」
ぐすんぐすんと泣きじゃくる少女は、呪いに充てられているのか呼吸が少し浅い。
『もうコワイものなんてないよ、大丈夫。痛いのも、お姉ちゃんが治してあげるから』
「ホント……?」
『ホント。約束する』
「お父さんとお母さんにも会える…?」
『会えるさ。君、名前は?』
「……みか。柊みか」
『みかちゃん。お父さんとお母さんの所に行くまで、お姉ちゃんが手を繋いでてあげる。だからこっちにおいで』