第17章 残響のマリオネット
「医者の不養生、って言葉あるよね」
バーカウンターでグラスを揺らしながら、五条は不意に呟いた。仕事終わりに一杯やろうということで、三人は、札幌の小洒落たバーを訪れていた。
五条があまりに突然、前置きなく切り出したので、七海は自分に話しかけているのだと一瞬気づかなかった。
五条の反対側の隣に座るなまえの方を向けば、彼女はぼうっとカウンターを眺めている。その姿を見るに、やはり五条の言葉は自分に向けられた言葉なのだと実感してから、七海は口を開いた。
「……人形師のことを言っているんですか?」
「呪術師全体のことだよ。呪いへの対処ってのは、つまるところ人の負の感情への対処だ。気の晴れない仕事も多くなる」
「自分自身が呪いを溜め込む危険性、ですか」
「慣れはしても気持ち良くはないよね。酔いたくもなる」
「アナタの注文、"フロリダ"でしょ。ノンアルコール」
「僕は何もしてないから酔わなくていいんだよ」
「堂々と言わないでください」
"ギムレット"を飲み干す七海を見て、五条は笑う。
「七海はさ、割と情に厚いんだよね」
「なんですか、急に」
「割り切れるけど、平気ってわけじゃないだろ。そういうところで生まれた摩擦って、大人なら多少は処理する手段があるよね。それこそ、酒は心の特効薬だ」
「あまり面白くない話ですけど、続きますか?」
「別にからかってんじゃないって」
サングラス越しに胡乱な目を向ける七海だったが、五条の顔に、普段通りの軽薄な笑みが浮かんでいないことを確かめると、静かに話を聞く姿勢に戻る。