第17章 残響のマリオネット
「………」
『秋人くんには分かっているようですよ。自分の大切な母親が、得体の知れない何かに心奪われようとしていることを』
5歳程度と思しき小さな少年は、不安げに母親を見上げている。
「それは……」
「真実の形は人それぞれです。アナタにとって選びたい真実が、“子供を一人も喪わなかった今“ならば、別にとやかく言う筋合いはありませんが……」
中指でサングラスを押さえ、七海は一つ呼吸を置いた。
子供には、大人が思っている以上にしっかりと覚悟を決めている時がある。
秋人なる少年には、「自分が母親を繋ぎ止めねばならない」と分かっているのだろう。感心するが、幼子にそう在る必要を強いる、残酷な現実の痛ましさが勝る。
「“アナタを心配する子供が生きている今“から目を背けていることは、事実でしょう」
「……っ……」
その母親も、内心では理解しているのだ。
七海の言葉が正しいことも、己の行いが逃避でしかないことも。だからと言って「はいわかりました」とはいかないことも、七海たちは十分知っている。そんな光景を見つめながら、なまえがゆっくりと、母親に語りかけるように口を開いた。
『人は死んでも、その人の生きていた証が死ぬことはありません。残された側の人間は、その証を胸に、前を向いて、生きていかなくちゃいけません。そうやって後ろばかり向いていると、本当に大切なものが見えなくなってしまうんです。それだけは、あってはなりません。命というものは、儚いからこそ尊く、厳かに美しいものです。肉体がなくなったとしても、心と魂は消えません。私たちの記憶の中で生き続けます。だから、お母さん。アナタが生きる限り、夏輝くんを胸の中で抱き続けてあげてください。いつでも光が当たるように。そうして、前を向いてください。目の前にいる、秋人くんを、ちゃんと見てあげてください。夏輝くんが、安らかに眠れるように』
「………っ……」
母親の、嗚咽にも似た泣き声が響く。
なまえの言葉を、七海と五条は睫毛を伏せながら、静かに聞いていた。
一度失った者を取り戻して、また失う。
その残酷さを分かっていてーーーそれでも尚、選択を迫り続けねばならなかった。