第16章 因中有果
「―――なまえ」
聞き慣れた声に、ゆっくりと瞳を開く。
目の前にあるのは真っ白な雪原でもなく、亡き友の姿でもなく。
『………悟』
その名を呼べば、目の前で心配そうにこちらを見つめながら瞳にかかる白い髪をさらりと揺らす五条が、安心したようにため息を吐いた。
「嫌な夢でも見た?苦しそうな顔してた」
穏やかにそう言いながら、ごつごつした大きな手のひらがゆっくりと伸びてきて、なまえの頭を愛おしそうに撫で上げる。組み敷かれた状態で、彼の白い髪がさらりと頬を撫でるのがくすぐったい。
『……そうだね。趣味の悪い夢を見た』
「へえ。どんな夢?」
『……胸糞悪い夢』
「胸糞、ねえ。さては僕が他の女とイチャイチャしてた?こんなふうに」
言いながらふわりとキスを落とした五条に、なまえは淡々と答えた。
『いや、そんなことよりもっと胸糞だな』
「何だよ、僕が他の女とイチャついてる以上に胸糞な事がなまえにはあるわけ」
『はあ、変なところでヤキモチを妬くなよ、面倒くさいな』
いつも通りの五条の姿に心の底から安堵しながら、頬にかかるその白い髪を撫でた。さらさらと指の合間をすり抜けていく白い髪は、夢の中で見た白銀の雪に似ている。
冬は、嫌いじゃない。
昔は大切な人を亡くした大嫌いな季節だったけれど。この目の前にいる人が、幸せをたくさんくれた季節でもあるから。
だからこそ本当に、趣味の悪い夢を見たと思う。口内を侵食している鉄の味が妙にリアルだ。―――あれは本当に夢なのか。否、夢でなければなんなのか。夢であること以外にあってはならない事象だ。そんなことを考えながら小さく息を吐けば、撫でていたはずの白い髪が、思いきり被さってきた。
『わっ』
「なんだよ、早く言えよ。どんな夢見たの」
こつん、とおでこをくっつけて、拗ねたように口を尖らせる彼は、本当に昔から変わっていなくて。10年前から変わらないこの五条とのやりとりは、時折なまえを心底安堵させるのだ。