第15章 ハジメテをキミと。※番外編
『………はあ』
トイレを出てから、小さくため息を吐く。
せっかく晴れて夫婦になったというのに、初日からこれじゃ先が思いやられる。いちいち過去の女に嫉妬してたんじゃキリがないし、過ぎたことに腹を立てるなんて馬鹿らしいにも程がある。自分はこんなに女々しいというか、醜い女だったのかと思うとなんだかゾワゾワした。憂鬱な気分で教室への道を戻ろうとすれば、どん、と顔が誰かの胸板にあたった。
「ドコ見て歩いてんだよ、危ないだろ」
聞き慣れた声。顔をあげずともわかる、五条だ。
『……ごめん』
「僕だったからよかったものの、他の男だったらどうすんの」
『……別に、今と同じで普通に謝るけど』
「そうじゃなくて。なまえ、わかってる?君もう人妻なんだからさ、僕以外の男に触れられるなんてことはあってはならないワケ」
『触れるって、ただ頭がぶつかっただけだろ』
見上げてからそう言えば、当たり前だけど五条と目が合う。吸い込まれそうなその大きな瞳を見つめていれば、本当に吸い込まれたのかと思うくらいその瞳が近くに寄せられて。
「頭のてっぺんからから爪の先までオマエの全部僕のだから。たとえ頭だろうと髪の毛一本だろうとほかの男に触られるなんて許さない」
『……なんだそれ』
「これでもわかんない?僕はオマエが思ってる以上に嫉妬深いし、昔も今もこれからもそれは変わらない」
『……急になんだよ』
「最強の僕でも、なまえに対しての感情だけはコントロールできない。不思議だね、他の事はなんだってできるのに」
そう言って五条は屈んで顔を近づけたまま、こつん、となまえのおでこに自身のおでこを充てた。
「なまえの事が好きで好きで、愛おしくてたまんない。でもこうやって言葉にするまで随分時間がかかったし、夫婦になった今でもなまえが僕と同じ熱量で僕のことを好きだとは思えない。三年間好きだったから好きになってくれ、そんな方程式は成り立たない。心はギブアンドテイクじゃないからね」
優しくそう言う五条の冷たい息が口元にかかって、心臓の音が煩い。
誰もいない廊下。冬特有の静かな空間は、心臓の鼓動まで聞こえてしまいそう。