第14章 ある夢想
ーーー数日後。
街外れた集合住宅の一室を出た伏黒が高専に戻ろうとした、時だった。聞き慣れた声が聞こえてきたのは。
『ーーー恵、お疲れ』
「……なまえさん」
伏黒は今日ここに来ることを誰にも言っていない。けれど、確かに目の前にいるなまえの姿に驚いたように少し目を見開いてから、早足で駆け寄る。
「なんでいるんすか」
『恵。私達何年一緒にいると思ってるの?恵の考えてることなんて自分のことのように分かるよ』
そう言って、なまえは自分より背の高い伏黒の頭を撫でた。
「……語弊を生みそうな言い方辞めてください。またあの人に見つかったらメンドくさい」
『あはは』
いつものように笑いながら、なまえは伏黒の腕を取って自然と歩き始める。まるで、親が子にそうしてやるように。先程伏黒が訪ねた、自分たちが少年院で助けられなかった息子を亡くした母親の涙と言葉がふと、脳裏に浮かんだ。“あの子が死んで悲しむのは私だけですから“ーーー。少なくとも、自分にも。そう思ってくれる人がこうしていてくれるのだと。ふと、そう思う。隣を歩く、昔は見上げて追いかけてばかりだった女性は、今では自分よりこんなに小さくて。
親のいない自分と姉に、寂しさを感じさせまいと気丈に振る舞ってくれていたのだろう。そのせいで、幼かった自分には、彼女の存在はやたらと大きく、遠く、立派に見えたのだろう。そんなことを考えながら彼女の横顔を見つめていれば、こちらを向いたなまえと目が合った。慌てて目を逸らせば、お構いなしに彼女は続けた。
『恵、少し変わったね』
「……何が」
『いろいろ。さっき、謝りに行ってたんでしょう?被害者の遺族に』
「………」
『被害者は犯罪者だった。二度目の無免許運転で人を殺してる。前の恵なら、自分が助けた人間が将来人を殺したら、って。真っ先に思ったんじゃない?』
「相変わらずムカつくくらいお見通しですね。その通りのこと思いました」
『はは、だよねえ』
「でも、アイツに言われました。じゃあなんで俺は助けたんだよ、って。何も言えませんでした」