第13章 雨後
「―――なまえさん?」
野薔薇の声にふと、我に帰る。過去の感傷に浸っていた自分に自嘲気味に笑ってから、なまえは口を開いた。
『……まあ、思い残すことがゼロだとは言えないが。―――彼らと過ごしたあの青い時代は、私にとっては宝物さ』
大きな瞳で不安そうにこちらを見上げる野薔薇の頭を優しく撫でる。
『"―――呪術師に、悔いのない死なんてない。それでもお前は呪術師として生きる道を選ぶのか?"なんて、よく学長にはそう言って聞かされたけど、私も野薔薇と同じ。私が私であるために、呪術師として生きていく地獄を選んだ。さっきの質問の答えだけど、何度仲間の死を経験しようと、慣れることは決してない。地獄の先には、また同じ、若しくは更なる地獄が待ってる。でも、地獄だろうと世界の果てだろうと、自分で選んだ地獄だ。最期は笑ってやるさ。悠仁や―――傑のようにね』
「………」
『だから、野薔薇も、恵も、自分が正しいと思う道を信じて生きていけばいい。何度迷ったって構わないから。大事なのは選択した道が正しかったのか正しくなかったのかじゃない。正解なんてわかりゃしないし、なにが正しいかなんて重要なことじゃない。大事なのは、自分でこの道を選択したことだ。この世のどこを探しても正解なんてものはないんだ。だから、自分の守りたいもののために。自分が自分でいるために。強く生きていきなさい。強く聡い仲間と共にね』
その言葉に、不安そうに揺れていた野薔薇の瞳が、柔らかく細められた。嬉しそうに微笑みながら、野薔薇が小さく呟いた。
「なまえさんって、やっぱり沙織ちゃんに似てる」
『沙織ちゃん?』
「私の大切なお友達」
『それは嬉しいね。野薔薇の友人なら、きっと野薔薇のように素敵な女の子なんだろう。いつか私にも紹介してね』
「うん。ありがとう、なまえさん」
暗かった空気が、陽が差したように少し明るくなる。伏黒はなまえの横顔をじっと見つめてから、ふいに顔を逸らすと、空を仰ぎながら呟いた。
「……暑いっすね」
『……そうね』
「……夏服はまだかしら」