第13章 雨後
―――"遅かったじゃないか、悟。君で詰むとはな"
―――"何か言い残すことはあるか?"
―――"誰がなんと言おうと非術師は嫌いだ。でも別に高専の連中まで憎かったわけじゃない。ただこの世界では私は心の底から笑えなかった"
―――"傑。――――――――"
―――"……はっ。最期くらい呪いの言葉を吐けよ"
五条悟にとって、たった一人の親友をその手で失った、あの日。あの夜。
やけに凛とした静けさは、星のない重たげな空全体に広がっていた。深海にいるかのような、静かで暗い、12月の真夜中。心の声まで聞こえてしまいそうな静寂の中、五条は小さく口を開いた。
「―――ねえ、なまえ。俺を恨む?」
珍しく自重気味に細められる瞳。宝石のような瞳が、暗い夜空の中で揺れていた。
『恨むわけないだろ。悟は一人で色々背負いすぎなんだよ。なんのために私がいるの』
―――誰よりも辛いのは、貴方なのに。
そんな彼に向かって、なまえは背伸びをしてそのおでこにデコピンをしてみせた。痛がる素振りもせず、ただただなまえの顔を見つめている五条に向かって、なまえは続けた。
『貴方が背負っているものは、全部私も背負います。―――罪も、業も。だって私は、五条悟の妻だから』
「……くく、逞しくなったなぁ。流石僕の奥さん」
『そうでなきゃあんたの嫁なんて務まんないわよ』
「苦労をかけるね。今までも、これからも。随分とたくさんさ」
『苦労も何も。私達は共犯よ。地獄に堕ちる時も一緒と決めたでしょう。だから地獄に堕ちても、幸せにしてよね、旦那様』
そう言って笑うなまえにつられるように五条は柔らかくほほ笑むと、珍しく過去を懐かしむように、ぽつりと口を開いた。
「なまえはいつか言ったよね。お前が五条悟だからって関係ねえ、ただのクラスメイトのクソ野郎だって。俺をそうやって特別扱いしてくんなかったのは、傑となまえだけだったんだよ」
『何よ、急に。特別扱いして欲しかったの?』
「さあ、どうかな。まあでも、嬉しかったのかもね。俺をただの人として扱ってくれたのは、後にも先にも、お前ら二人だけだったから」