第1章 もしも運命があるのなら
「何だよ急に。弱いからだろ。そいつに力がないからに決まってんじゃん」
『私もそうだと思ってた。かつて私がそうだったから。でも大切な人を失ってからようやく気付いたの。この世界で、悲劇が悲劇のままで終わってしまうことはあまりにも多い。本当なら助けられたはずの事であっても。でも、本当に怖いのは、本当に悲しいのは、力が及ばない事でも、駆けつけるのが遅すぎることでもなくて』
「………」
『自分に助ける力がある事を、忘れてしまう事だと思う』
遠くを見るような目でそう言ったなまえは、気持ちを切り替えるようにくるりと前を向く。しっかりと小さな手を握ったまま、少女の歩幅に合わせて歩き始めた。五条はそんななまえの背中をじっと見つめてから、口を開いた。
「………俺正論って嫌いなんだよね」
『別にアンタの好き嫌いなんかどーだっていいわ』
「でもエラそうな事言う割にはさ」
『何』
「隙がありすぎ」
瞬間、ぐい、と五条はなまえの身体を後ろから自身の右腕で抱き寄せるようにして引き寄せた。
『ッ何すんだよ!?』
「上」
くい、と五条の小さく形のいい顎が天井を指す。真上の天井からは薄気味悪い触手のようなものがだらりと垂れ下がっていた。
『!!』
「実力も言ってる事もまぁまぁなのに、どっか抜けてんだよね」
『~~うるさいな!!』
体に回されたままの手を振り払おうとたじろいでいるうちに、五条は天井にぶら下がっている触手の呪霊を片手で一掃してみせた。