第5章 cross in love
「―――赤葦」
耳を澄まさなければ聞こえないような小さな声が、耳を掠めた。
振り返ればそこにいたのは、意外な人物だった。
「弧爪」
決して口数の多いタイプではないし、誰かに話し掛けたりするタイプでもない。赤葦は研磨に自分と似た何かを感じていただけに、彼が自ら話し掛けてきたことが心底意外だった。
そして研磨はじっと赤葦を見上げてから、小さく口を開く。
「……なまえのこと、泣かさないで」
研磨の口から出てきた言葉に、赤葦は思わず目を見開いた。
言葉の意味を理解するのに、頭の中が高速回転でぐるぐると廻る。彼は、自分が彼女を泣かせた、と、そう言っているのだろうか。だとすれば一体いつ、どこで。何をしてしまったというのだろう。いくら考えてもわからない。思考を張り巡らせていれば、鋭い瞳のまま、研磨は続けた。
「赤葦じゃなかったら、俺、多分許してない。だから…もう泣かせないで」