第1章 きみを見つけた日
『ありがとうございます、お願いします』
そういって律儀にぺこりと頭を下げ、彼女はまた、笑った。
体育館までの道のりを肩を並べて歩く。他愛もない話(主になまえが話題を振り、赤葦が相槌を打つ)をしていれば、あっという間に体育館へ着いてしまった。
「…音駒の方々はもうあちらでアップしてますので」
『赤葦くん、忙しいところありがとうございました!』
そういって彼女はまたぺこりと頭を下げた。
「…赤葦でいっスよ。同い年、ですよね」
彼女はその言葉に頭をあげると、嬉しそうにまた笑う。
『…そっか!じゃあ、敬語もなしで』
「…ハイ…あ、いや…うん」
自分から提案したくせに、なぜか挙動不審気味な答え方をしてしまったことに、赤葦は心の中で盛大に後悔した。
――「おい、なまえー!遅ぇぞー」
黒髪の独特な髪型をした、背の高い音駒の選手から声がかかる。
『ごめん!今行くー!』
そう返すと、再びこちらに向き直り、彼女は口を開いた。
『今日、とういうかこれからも、よろしくね、赤葦!』
「…うす。えっと…みょうじ、サン」
『…あの、苗字は呼ばれ慣れてないから。なまえでいいよ!同い年だし、呼び捨てで!呼びやすいから、みんな名前で呼ぶんだ』
そういって彼女はまた花が咲いたように笑うと、音駒のメンバーがいる方へとぱたぱたと駆けて行った。
「…なまえ………、サン」
いいよ、と言われても。そんな簡単に馴れ馴れしく名前を呼べるはずもなく、小さな声で申し訳程度に”さん”を付けた。同い年なのに、さん付けだなんておかしいだろうか。
――彼女に出会うつい数分前。浮足立っていた先輩達を軽蔑するかのように思っていた自分を恥じながら、遠くなっていく彼女の華奢な背中を見送る。
そして、自分の中に、生まれて初めて芽生え始めた感情の正体に気付かないふりをして、赤葦は急いで先輩達を呼びに、踵を返した。