第1章 きみを見つけた日
『………あの…赤葦、くん?』
目の前の女の子にぼけっと見惚れていた赤葦は、彼女の小さな口から発された言葉に気づくのがワンテンポ遅れた。おそらく今の自分は酷く滑稽だっただろう、と心の中で自嘲しながらなんとか返事をする。
「…あ、ハイ……え?」
彼女が発した言葉の中に自分の名前があったことに、これまたワンテンポ遅れて気づく。
「…あれ、俺、名乗りましたっけ?」
『…あ。ご、ごめんなさい!あの、杜中でしたよね?…中学のとき、たまたま試合見た事があって。すごく上手いセッターがいるなーって。強気なプレーとか、まさに憧れのセッター像って感じで!…えっと、それで、知ってたっていうか』
慌てたようにそういってからはにかんで笑う彼女に、心臓がとくん、と音を立てた気がした。まるで、花が咲いたように笑う人だ、と赤葦は思う。中学時代から知っていてくれたなんて驚きもいいところだけれど、何より、素直に褒めてもらえた事が、すごく、すごく嬉しかった。
「…あ、どうも……」
『いえ…!あ、紹介遅れました、私、音駒でマネージャーをやらせてもらってます、一年のみょうじなまえです。今日はよろしくお願いします』
先輩たちが噂していたので知っている、という言葉を飲み込み、小さく口を開いた。
「…ハイ、よろしくお願いします。梟谷一年の赤葦です」
言ってから、赤葦はしまったという顔をする。彼女は先程、名前を知っていると言ってくれたばかりなのに。
そんな赤葦を見て、彼女はくすくすと笑う。
『はい、知ってます』
口元に手を当てながら遠慮がちに笑う彼女の笑顔に、今度は心臓を鷲掴みにされたような、そんな生まれて初めての感覚に襲われた。
自分はわりと冷静な方だと自覚はあったのに、動揺することなど試合中でさえ滅多にない筈なのに。なぜか、彼女の前にいると自分が自分じゃないみたいだった。顔が沸々と熱くなり、心臓の鼓動がわかりやすいほど早くなっていく。
「……。そうでした、すんません。…あ、音駒の方々は第一体育館の方にいますので、案内します」
その時は、どうにか取り繕って、そう言うのが精一杯だった。