第5章 cross in love
「……ねぇ」
合宿最終日。
今から始まろうとしている一試合目に備えて、黙々とスクイズボトルを作っていれば、後ろからジャージの裾を掴まれた。
振り返れば、そこには眉根を寄せた研磨がこちらを見下ろしていて。
『どうしたの、研磨?』
「…それはこっちのセリフ」
『え?なにが?』
「とぼけないで。…なにがあったの?」
真顔でそう問う研磨に、なまえも負けじと真顔で続けた。
『何もないけど』
「……うそ」
研磨は小さくそう言って、人差し指をとん、となまえのおでこに当ててみせた。ひんやりと冷たい研磨の指先は、暑さで汗ばんだおでこに心地よい。
「泣いたでしょ」
研磨の口から出た言葉に、思わず笑みが零れた。
お見通しなのだ。昔から。この二人には、なにもかも。
『…研磨はすごいね』
「はぁ…。何年一緒にいると思ってるの」
研磨は言いながら、少し離れたところにいる黒尾に視線を向ける。
「クロに何か嫌な事言われた?昨日、クロがなまえにちょっと言いすぎたって反省してた」
『違うよ。クロは関係ない。…昨日、振られたの。失恋しただけ』
なまえの答えに、研磨はきょとん、とした顔で首を傾げた。
「え?だれが?」
『私が』
「……それもうそ。赤葦がなまえを振るわけない」
『さすがの研磨でも、それはハズレ。残念ながら失恋しましたっ。ほら、アップもどって?試合始まるよ』
「……うぅぅん」
なんとも言えない顔をしている研磨の背中を、なまえはぐいぐいと押しやった。
仕方なしにアップに戻れば、なんとも言えない表情の研磨と、顕著に顔を歪めている黒尾が、顔を合わせた。
「なぁ研磨、あいつなんて言ってた?」
「振られたって…」
「…赤葦もおんなじコト言ってたんだよねー」
「……はぁ。バカじゃないの、あの二人。ほんとめんどくさい」
二人の大きなため息が、汗ばんだ真夏の体育館に溶けたのであった。