第5章 cross in love
「おはよう」
できるだけ普段通りにそう返せば、彼女はまたにこっと微笑んでから、くるりと背を向けて少し離れた席へとさっさと歩いて行ってしまった。そんな彼女の背中を無意識に目で追っていれば、ふと、背後から声を掛けられた。
「なーにボーっとしてんの?」
振り返れば、にたり顔の黒尾が立っていて。
「…黒尾さん。おはようございます」
「おー、おはよ。どした?なんかいつにも増して目が死んでんぞ」
いつにも増して、って。失礼な事をさらっと言う先輩をじっと見つめてから、赤葦は申し訳なさげに頭を下げた。
「……すみません」
「え?何が?」
「昨日、みょうじを元気づけるつもりが、」
「つもりが?」
「…何もできませんでした。やっぱり俺じゃ役不足なのかもしれません」
赤葦の言葉に、黒尾は眉根を寄せる。
「ん?何があったのよ、昨日」
「振られました。ショックで、何もできなくて。本当、情けないなって」
「……。………ん?待て、待て待て、誰が振られたって?」
「?俺ですけど」
「は。お前が、誰に、振られたって?」
「誰に、って。みょうじしかいないでしょう」
淡々とそう答える赤葦に、黒尾は盛大に顔を歪めた。
―――・・・一体、何がどうして、こうなった。
黒尾は混乱していた。なまえと赤葦は、両想いなのだ。それは間違いないはずなのに。
「ちょ、え、何、お前、告ったの?」
「いえ、告白する前に振られました」
「………は?」
無表情でそう答えた赤葦に、ぽかんと口を開いて唖然としたのも束の間。黒尾はとんちんかんな事を言っている目の前の赤葦の肩をがしっと掴んだ。
「いいか、お前は何か勘違いしてる。それは何かの間違いだ」
「?言っている意味がよくわかりませ――」
「――おーい、黒尾、赤葦ー!早く飯食わねーと間に合わねーぞー!」
赤葦の言葉を遮るように、食堂の中から二人を呼ぶ声がする。早く朝食を済ませなければ、練習の時間が始まってしまう。とりあえず今日の練習が終わってから早々に話を聞こう、と心に決めて、黒尾は赤葦と共に食堂の中へと急いだのであった。