第3章 幻覚ヒーロー
―――あれは、去年の秋の事だった。
月末によく行われる、梟谷と音駒の合同練習の時。
自販機にジュースを買いに行く道中、一人でせっせと洗い物をしているみょうじを見つけた。それはとてもじゃないけれど、一人で洗える量には見えなくて。
声をかければ、彼女は驚き振り返る。
『わ、赤葦!』
「お疲れ様。それ、一人で洗うの?」
大量の水筒やらタンクやらを指差せば、彼女はこくこくと頷く。
『うん!マネージャーの仕事だから!』
「そっか。音駒はマネージャーひとりだもんね。誰かに手伝ってもらわないの?」
『選手にはできるだけこういう仕事させたくないから、手伝ってもらわないようにしてるんだ』
「…そっか」
そっけなくそう返してから、みょうじの隣に立ち自分も洗い物を始めれば『だめだよ!!セッターこそ手が命なのに』なんて必死にとめてくる彼女の手が、氷のように冷たくて。
「…いいから。二人でやればすぐ終わるし」
『だめだめ!!洗い物なんてしたら、手荒れちゃう』
「大丈夫、そんなヤワじゃないから」
『でも梟谷の選手に洗い物なんて手伝わせるわけには――』
「はいはい、喋ってないで手動かして」
『…でも…――』
「俺がやりたくて勝手にやってるだけだから。気にしないで」
そういって洗い物を続けていてれば、小さな声で『ありがとう』と聞こえた。
二人で黙々とこなせば、30分ほどですべて洗い終えることができた。さすがにこんなに洗い物をするのは初めてだったので手がひりひりするけれど、毎日選手のためにこれを一人でこなしている彼女は本当にすごいな、と感心する。
『あの…本当にありがとう』
「どういたしまして」
『手、痛くない?』
「うん、全然。じゃあ」
”ヤワじゃないから大丈夫”と言った以上、赤くなってしまっている手を見られるわけにはいかない、と瞬時に判断し早々にここから立ち去ろうと踵を返したときだった。