第3章 幻覚ヒーロー
「……じゃ、僕そろそろ寝ますんで」
月島はそういって照れ隠しのように眼鏡をくいっとあげ、誰の返事も待たずに烏野の教室へすたすたと歩いて行ってしまった。
『蛍くんおやすみー!!』
なまえの声に、月島は小さく会釈を返した。
残された三人の沈黙を早々に破ったのは、にたり顔の黒尾だ。
「んじゃー俺は部屋に戻るわ。"お前らも” なるべく早く寝ろよー」
そういって黒尾はポン、と赤葦の肩に意味ありげに手を置いてから、音駒男子の教室のある方へと消えていった。
そんな黒尾の背中を見送り、先ほどから一言も言葉を発していない赤葦に、なまえは飄々と声を掛ける。
『こんな時間までお疲れ様。相当疲れてるでしょう?赤葦も、早く寝ないと』
「………」
先ほどから一言も発さず、視線だけで人を殺せそうな目つきをしている理由を”疲れている”と盛大に勘違いしている鈍感ななまえに、赤葦は小さくため息を吐いた。
「…そうだね。なんか、どっと疲れた気がするよ」
『大丈夫?教室まで送るよ!?』
あんたのせいだぞ、と言いたい気持ちを飲み込み赤葦は続けた。
「いや、普通逆でしょ。俺が送るから」
『…あ、そういえば前にも、こんなようなことあったよね』
「うん、そうだね」
初めての夏合宿のとき。夜の教室が怖くてトイレに行けずに教室の前をうろうろしていたなまえを赤葦がたまたま見つけ、トイレまで着いて行ってあげたことがあったのだ。
「もうお化けは恐くないの?」
意地悪くそういってみれば、なまえはむっとしながら『こわくないし』と口を尖らせた。そんな彼女が可愛くて、つい口角が上がってしまう。赤葦はじっと、彼女を見てから、口を開いた。
「みょうじ、眠い?」
『え?んー寝ようと思えば寝れるかなってレベル』
「じゃあ、ちょっと付き合って」
『えっ――』
返事を待たずに、赤葦はぐいっとなまえの腕を引いた。
『赤葦?付き合ってってどこに!?ていうか、寝なくて平気なの!?』
「平気」
一日くらいの夜更かしで罰が当たるほど、神様はきっと意地悪じゃないだろう。そう願いながら、赤葦はなまえの細い腕をぎゅっと掴んだ。