第3章 幻覚ヒーロー
「ああ、うん。そう聞いたよ」
その返事からするに、赤葦はやはりそのことを知っていたようだ。しかし、待ってみてもそれ以上は彼の口からは何も出てこなさそうなので、月島は聞くことを諦めた。しばらく歩いていれば、シャワー室が見えてきた、そのときだった。
「…みょうじのトス、すごく打ちやすいって。木兎さんも初めて受けたとき興奮してたよ」
赤葦から返ってきた言葉に、月島は驚いた。
「なんか想像できますね。僕もびっくりしました、精密すぎて。自分がうまくなったんじゃないかって、錯覚しそうになるような」
「うん、まさにその通りだね。俺も初めて見た時は驚いた」
初めて弾む会話にどことなく安心していれば、シャワー室の中から頭にタオルを掛けた黒尾が顔を出した。
「お、なになに。二人して。うちの姫様の話かな?」
にたり顔でそう問うてくる黒尾。全力で否定してやりたいところだが、まさに彼の言うとおりなので月島はとりあえず顔を顰めた。
「…みょうじのトスがすごい、っていう話ですよ、黒尾さん」
赤葦が冷静にそう答えれば、黒尾はにやにやしながら続ける。
「そうだろ~驚いただろ。元・東京都のジュニアベストセッターだからな、うちのなまえちゃんは」
「エ」
月島の頭に、青葉城西の及川徹の顔が浮かんできた。
「ま、小学校の頃の話だけどねー」
「小学校の頃でも、充分凄いですけどね」
「というか、なんでベストセッター取ったような凄い人が、マネージャーやってるんですか?今でもあなたたちに混ざって試合やれるくらい上手いのに」
月島の問いに、赤葦が無表情のまま答える。
「バレーが”うまい”のとバレーを”やりたい”かは違うから、じゃないかな」
赤葦のフォローに、黒尾は「おお!」と称賛の声を上げている。