第3章 幻覚ヒーロー
”「――トスが上がったらただ、自分の一番打ちやすい位置で思いっきり飛べ。そして思いっきり腕を振れ」”
試合が始まる直前、黒尾が月島に耳打ちした言葉だ。
フクロウからのサーブを黒尾がレシーブし、なまえがすかさずトスを上げた。月島は、半信半疑ではあったが黒尾の言われた通りに、飛んだ――思い切り。
そのトスは――恐ろしいほど正確に、自分の思い通りの位置に、放たれた。まるで自分がとてつもなく上手くなったのではないか、と錯覚するような、そんなトスだった。
月島は、思い切り腕を振り上げる。それはそれはとても気持ちよく決まったスパイクに、思わず自分の手のひらを見つめた。
これは、自分が上手くなったのではない。
ゆっくりと、そのトスを放った張本人を視界に映す。当の彼女は、にこにこと『ナイスキー!』なんて言いながらぱちぱちと拍手を送っている。
「………」
「どーよ、なかなか良かったろ?」
黒尾がにたり顔で、月島の背中を小突いた。
「…本当にマネージャーですか、あの人」
「まぁね」
答えになってない、という言葉を飲み込み、ひとまず試合に集中しようと頭を切り替える。
その後も試合はなかなかいい勝負で進んでいき、ネコチームが2点リードしている最中で、入り口から声が掛かった。
「あの~。そろそろ切り上げないと食堂閉まって晩御飯おあずけデスヨー」
梟谷のマネージャーたちの言葉に、血相を変える木兎と日向。
「解散!!」という言葉に、日向が少し残念そうな表情をしていれば、黒尾が続けた。
「続きはまた明日な。チビちゃん」
「は…はいっっ!!」
日向の嬉しそうな返事が、第三体育館に響いたのだった。