第6章 恋の方程式
『え……いや、あれは…そういうんじゃなくて…』
「だから、今日本当は不安だったんだよ。俺が行って大丈夫かなって。でも、みょうじが喜んでくれてよかった」
そう言って、はにかんだように笑う赤葦がかっこよすぎて、顔が熱い。
好きでもないのに、そんなこと言わないでほしい。勘違いの一つや二つしてしまいたくなるじゃないか、と心の中で文句を垂れていれば、赤葦は続けた。
「…ごめん。俺、女心とかそういうのに多分疎くて。みょうじの気持ちとか全然考えられてなかったと思う。今まで、何か嫌な思いさせてたりしたら、ごめん」
『………』
―――嫌な思い、どころか。
あなたからは、幸せな思い出しかもらってないよ。
なまえはそう心に思って、なんだか、彼の優しさに泣きたくなった。あの日、赤葦に好きな子がいると聞いて。ショックでそこから逃げ出して、次の日も勝手に気まずくなって赤葦を避けたりした。それが、彼はあろうことか、自分が嫌な思いをさせたせいだと罪悪感に苛まれていたなんて。
本当に、どこまで優しくてお人好しなんだ。全く、本当に、たとえ片思いでも、この人を好きになってよかったって、何度実感すればいいんだろう。
「だから、これからはそういうことがないように、もっとみょうじのこと教えてほしい。みょうじが落ち込んでる時に、ちゃんと励ましてあげられるようになりたい」
『・・・へ』
「自主練するようになって、勝手に仲良くなったつもりでいたけど、実際、俺みょうじのこと何も知らないなって」
『―――』
なんでこんなに優しくするんだ、もっと好きになっちゃうじゃん、なんてまた文句を言いたくなってしまう。けれど、これが、赤葦京治という人なんだ。そう心に思いながら、なまえは口を開いた。
『…私、赤葦に嫌な思いさせられたことなんて、一度もないよ。むしろ、いつも助けてもらってるし、救われてる。赤葦はいつも優しいもん。だから、今のままで十分。ていうか、変わらないでいてほしい。赤葦は、赤葦のままでいて』
「………。……あ、はい」
しばらくの間を置いてからの唐突な素っ気ない返事は、赤葦らしさが滲み出ていて。なんだかそれだけで、どうしようもなく心が温かくなった。