第6章 恋の方程式
だから黒尾は、なまえに言わずに赤葦と話を進めていたのだろう。けれど。どういう流れで赤葦を誘ったのだろう、とふとした疑問がなまえの頭を過ぎる。もしかして、余計な事を言っていないだろうなと一気に不安になって、おそるおそる口を開く。
『あの、赤葦…!その、合宿のあとクロになんか変なこと言われた…?』
なまえの問いに、赤葦はいつもの表情で、スンと口を開いた。
「…いえ、特に何も」
『え、ほんと…?じゃあなんで今日赤葦が付き合ってくれることに…?』
「俺から黒尾さんに頼んだんだよ」
『え』
「ハンドクリームのお礼、まだできてなかったから」
『あっ…』
赤葦の答えに、そういうことかと納得して少し期待をしてしまった自分を殴りたくなった。
『…そんなのいいのに…あれ、勝手に押し付けたようなものだし』
「いや、すごく嬉しかったから。色々考えてはみたんだけど、いらないものもらってもあれかなって思って。そしたら黒尾さんが、みょうじは甘いものが好きだって教えてくれて」
『そ、そうなんだ…!』
クロ、ありがとう…!と心の中でまた幼馴染にお礼を言って。今日から毎日クロのために秋刀魚を焼こうと心に決めた。
「あ、見えてきたよ」
『ほんとだ!ってめっちゃ並んでる…!』
視線の先には、可愛らしい雰囲気のお店の前に、長蛇の列。このクソ暑いなか、あの列に並ぶのかと思うとゾッとした。そりゃ、研磨やクロも嫌がるわけだ。
「まぁ、土曜日だしね」
『いや、でもさすがにあれに並ぶのは…』
「でも、ずっと行きたかったんでしょ?並ぶの嫌?」
―――いや、私は嫌じゃないけれど。
こんな、男にとって拷問みたいなことを、好きな人にさせるわけには。
なまえがそんな事を考えていれば、腕にひんやりと冷たい感覚が走る。赤葦に腕を引かれているのだと気づいたときには、もうその列の方へ歩いていた。