第1章 其の壱
「…何かあったのですか?」
「何故そう思う」
「なんとなく、です。」
再び瞼を開きそう問えば、無惨の手が止まった。
冷たい手の感触に思わず肩が強張る。
本当になんとなくそう思っただけだ。
どこかいつもよりも空気感がぴりぴりしている様な、そんな気がした。
それに、何もなくともよく此処へは来ているが、何かあった時 無惨は必ず顔を見せる。
「…お前は私を憎んでいる訳でもなければ、怯えている訳でもない。それは母を失い心を無くしたからではない。初めて話をした時からだ。何故私が怖くない」
「貴方に怯えている人達は死にたくないから、そして大切な人を殺されたくないから怯える。そして其れを奪われたから憎む。私が鬼狩りを憎んでいる様に。」
「ほう…」
「私は殺されたとしてもそれはそれで良いと思っているし、むしろ一刻も早く私は私の成すべき事を成して消えたい。…そして何より、失くしたくない人などもういないからでしょうね。」
「…」
射る様にじっと私を見つめていた紅梅色の瞳が、ほんの僅かに揺れた気がした。
「だから私は貴方がどうしてそこまで血眼になって太陽を克服する為のものを探すのか、永遠の時を生きたいと思うのか、全く理解ができない。多分一生の時をかけて考えたとしてもわからない。貴方には自分以外に大切で失くしたくないものなんてないでしょう?」
「…もういい、それ以上何も言うな」
暫くの間何かを考えた後、低い声で小さく呟けば、私の頬から手を離し首元へと顔を沈めた。
あら。余計不機嫌になってしまった。
この人は一体どんな返事が欲しかったのだろうか。
「っ…」
そんな事を考えていると、チクリと鋭い痛みが走る。
一瞬何が起こったのかと思ったが、無惨が私の首元に噛み付いたのだとすぐにわかった。
人間とは違い、鬼である無惨には尖った牙がある為に、刃物で刺される様な鋭い痛み。
思わず眉間に皺が寄る。
「…私はお前という人間がよくわからない。時々煩わしくなって、もう喰らってしまおうかという気分になる。」