第3章 其の参
無意識の内に手に力が入り、重ねた右手に左手の爪が深く食い込んでいく。
血が滲む程だけど、痛みは全く感じなかった。
「私…は、その男を殺す為に今日まで生きてきた。その為だけに。それが私の生きてる理由だって、そう思ってた」
そう、そう思ってた。あの日からずっと。
実弥に話しているというよりも、自分の秘めていた心の叫びが溢れ出していると言った方が正しい状態にも関わらず、驚く様な素振りもなく静かに受け入れる様な眼差しでこちらを見据えている実弥。
「…だけど。母を本当の意味で殺したのは私だとしたら…母を殺したあの男に、殺してくれて有難うと母が思っていたら…母が私の事を恨んでいたら?…私は、どうすればいい?」
一度ドロドロと流れ出した血は、止まる事を知らない。
失血死してしまうのでは無いかと思う程に、止め処なく溢れ出す。
相手の反応を気にする余裕なんて、私にはもう微塵も残っていなかった。
「もし本当にそうだとしても、少しの可能性を捨てきれなくて…あの男への復讐を諦めきれない私を…母はどう思ってるの、かな…」
やり場のない思いを、答えのない思いを、言葉に乗せていけば、胸の内で考えるよりもやけに現実的に思えてきて。
自分がなんとも醜い人間なのか思い知らされていく様で。
あぁ、こんな鬼の様に醜い人間、実弥くんはきっと幻滅しただろう。
…幻滅するほど私を知らないから、気味が悪いと思うかもしれない。
そんな事を考えていると 段々と我に返り 声量が小さくなっていってしまう。
「…」
未だ何も言わない実弥。
どんな顔をしているんだろうか。
とてもじゃないけれど、実弥の方に目を向けられなかった。
しんと静まり返った部屋は、何とも居心地が悪い。
"鬼"や"鬼狩り"という事は伏せたとはいえ、なんでこんなにも赤裸々に話してしまったのかと今になって後悔が押し寄せていた。